情報過多でストレスフルな現代社会において、メンタルヘルスケアの重要性は年々高まっている。
厚生労働省の調査※1によると、精神疾患を有する総患者数は、2002年の258万人から2017年には419万人と15年間で1.6倍に増えていることがわかる。中でも最も多いのが躁うつ病などが含まれる気分障害となっており、127.6万人と報告されている。
また、OECD(経済協力開発機構)の調査によると、新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、うつ病やうつ状態の日本人の割合は、2013年時点では7.9%だったが、コロナ後の2020年には17.3%と増えたことが明らかになった※2。
企業が人的資本経営を実践していくうえでも、個人としてよりよい人生を送るためにも、今後ますますウェルビーイング(心身の健康と幸福)の実現が重要になってくると考えられる。
昨今、メンタルヘルスやウェルビーイングに関するサービスが注目を集める中、手軽に自身の心と体のケアを行うことできるヘルスケアアプリを開発するのがUpmind株式会社だ。
マインドフルネスで心身の健康をサポート
同社が2021年7月にリリ―スした「Upmind」は、マインドフルネスの実践をサポートするヘルスケアアプリだ。
マインドフルネスとは、過去や未来などの雑念に囚われることなく、五感に意識を集中させ、ただ目の前のことに注意を向けている状態を指す。その手法としては主に「瞑想」が用いられている。
Upmindは、アプリ内でマインドフルネスのための瞑想を実践できる音声ガイドやヨガの動画を提供している。さらに、スマホカメラに指を置くと、心拍変動解析の技術を用いて心拍数から緊張状態を測定し、画像の変化を通じてユーザーの自律神経のバランス状態を把握することができる機能を備える。
ユーザーが自身の状態を客観的に捉えることをサポートし、初心者でも手軽に取り組みやすいのが特徴だ。
利用者の約8割は女性で、年齢層は20~50代と幅広く支持され、2024年5月時点で75万ダウンロードを達成している。月額1650円または年額6600円のサブスクリプションプランから選択が可能だ。
また、同社は法人向けに、従業員の健康増進を目的としたウェルネスプログラムを提供している。導入企業の従業員は、Upmindの無料利用に加え、オンラインでのヨガやメディテーション(瞑想)のクラスを受講できる。睡眠・疲労・ストレスの改善のためのマインドフルネスの活用方法などを学ぶことができるワークショップも開催している。
現在、株式会社栃木ニコンが法人プログラムを導入しており、希望した従業員には福利厚生の一環として年間利用できる取り組みを本格的に開始している。同社は今後も法人プログラムの拡大に力を入れていくという。
代表取締役CEO 箕浦 慶氏に、今後の展望などについて詳しく話を伺った。
重要なのは、手軽で続けやすい予防習慣
―― 創業のきっかけを教えてください。
箕浦氏:学生時代に一年休学して海外留学した際に、インドでメディテーションに出会いました。実践することで、頭の中がすっきりして一日を丁寧に暮らせるような感覚を知り、「心に余白を持つこと」の大切さを実感したのです。
大学卒業後は、インターン経験から新卒で入社したチームラボでスマートフォンアプリの開発エンジニアを経験し、Bain&Companyで4年間のコンサルティング業務を経験しました。そして、以前から抱いていた30歳までに起業して自由に生きていきたいという夢を実現するために、会社を退職しました。
どのようなビジネスに挑戦しようかと考える際に、市場の規模や売上見込みではなく、何が自身や社会にとって面白くて意味があると思えるか、を軸にしました。そこで着目したのが、自分自身でも続けていたメディテーションやマインドフルネスというスキルでした。
社会人になってからは、多くの人が日々の忙しさに追われ、心を失っている状況を目の当たりにしたこともきっかけとなっています。マインドフルネスが日本社会にとって必要であると強く感じ、この事業での起業を決意しました。
―― 日本におけるマインドフルネスの普及はどのような状況でしょうか?
マインドフルネスについて聞いたことがある人は半数以上に増えていますが、実際に試したことがある人は少数にとどまります。欧米では15-20%の人々がマインドフルネスを習慣化しているのに対し、日本ではその5分の1ほどしか普及していません。
日本ではヘルスケアに対するハードルが高く、根性論など日本特有の文化が根付いている部分もあり、マインドフルネスの普及が進んでいない一因となっています。さらに、マインドフルネスに対して特定の思想やスピリチュアルなイメージを持つ方もいて、気軽に取り組みにくいという状況もあるようです。
―― 御社のプロダクトの特徴について教えてください。
日本では海外に比べて医療費が安いため、自らヘルスケアに取り組む意識が低い傾向があります。そのため、予防に対してアプローチしやすくしなければなりません。Upmindでは、マインドフルネスに手軽に取り組めるようにUI・UXを重視した設計を行っています。
特に、忙しい現代人でも無理なく続けられるよう、2分から始められる短いコンテンツを豊富に揃え、気軽に実践できるのが特徴です。日常生活に自然に取り入れやすく、継続的な疾病予防や健康意識の向上につながることを目指しています。
―― 東京大学の滝沢龍研究室とも共同研究されていますね。
マインドフルネスに関する書籍を読んでいる際に、東京大学大学院教育学研究科の滝沢龍先生を知り、コンタクトを取らせてもらいました。滝沢龍研究室では、「こころの健康を科学する」というテーマのもと、生涯を通じた心身の健康・ウェルビーイングの保持増進・疾病予防のメカニズムを研究されています。
メンタルヘルス不調(抑うつ・不安・不眠)の予防・回復効果の向上を目指し、2022年4月から同研究室と共同研究を行っており、専門的な知見を開発に反映させ、科学的にも信頼できるアプリへとさらに進化させていきます。
心の休息を促し、豊かな生活を送ることのできる社会へ
―― なぜ、Upmindのようなサービスが必要なのでしょうか?
現代社会では、朝から寝る直前まで情報が溢れ、脳が休まる時間がほとんどありません。経済成長に伴い物質的な豊かさがもたらす幸せは一時的であり、持続的な幸せにはつながらないことが分かっています。また、心の不調を患う患者数の増加は、大きな経済損失につながることも明らかになっています。
ウェルビーイングの重要性がますます高まる中、より良い人生を送るためにも、普段の生活にマインドフルネスを取り入れることは重要だと考えています。
―― 今後の展望を教えてください。
まずは、自分が楽しみながら事業を成長させていくことを目指します。
マインドフルネスはアメリカですでに大きな市場となっており、2025年頃には海外展開も視野に入れています。そして、日本での普及には法人向け事業の拡大が重要です。5年以内に100社との取引を目標にしています。
仕事で成果を出すためには、休息が欠かせませんが、現代社会では多くの人が十分な休息を取れていないのが現状です。人々が意識的にマインドフルネスを取り入れて心の休息を促し、豊かな生活を送ることのできる社会の実現に貢献していきたいと思います。
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※1 厚生労働省 「平成30年版厚生労働白書」
※2 OECD(経済協力開発機構)「Tackling the mental health impact of the COVID-19 crisis: An integrated, whole-of-society response」