株式会社ヘンリー

ヘンリー、中小病院向けクラウド電子カルテで10億円調達──400床規模病院への拡大目指す


クラウド型電子カルテ・レセコンシステム「Henry」を提供する株式会社ヘンリーは、シリーズBラウンドで総額10億円の資金調達を実施した。
リード投資家としてグロービス・キャピタル・パートナーズが参画し、フェムトパートナーズ、三菱UFJキャピタル、SMBCベンチャーキャピタルも出資した。
ヘンリーが手がけるのは、診察記録から会計・保険請求までを一貫して管理できる、クラウド型の電子カルテ・レセコン一体型サービス。直感的な操作性と手頃な価格を強みに、これまで導入が進まなかった中小規模の医療機関に向けたプロダクトを展開している。
医療業界は、依然として紙や旧型システムが主流で、特に中小病院におけるIT化の遅れが深刻だ。政府が医療DXを推進する中、クラウド型電子カルテは今後急成長が見込まれる市場でもある。
今回の資金調達を受けて、代表取締役CEOの逆瀬川光人氏に、事業戦略や今後の展望について詳しく話を伺った。
中小病院に特化したクラウド型包括サービス
── 事業概要を教えてください。
逆瀬川氏:当社は創業から7年の会社で、100床前後の中小病院向けにクラウド型の基幹業務システムを提供しています。従来の病院現場では、診療記録、会計、調剤などの業務がバラバラのシステムで管理されており、医療スタッフにとっては煩雑で非効率な環境が当たり前となっていました。私たちは、こうした断片的な業務を一つのプラットフォームに統合することで、現場の負担を軽減し、医療の質と業務効率の両立を目指しています。
事業の柱は大きく3つです。一つ目は、診療記録から保険請求まで一貫してカバーする包括的なソフトウェアの提供。二つ目は、既存システムとの連携を含む導入支援。そして三つ目が、IT設備をパッケージで提供するインフラ整備と業務支援です。

医療業界では、病床数20床以上の入院施設が「病院」、それ未満が「診療所」とされます。当社が主に支援しているのは、入院機能を持ちながらもIT化が遅れ、人手不足に悩む中小病院です。2023年から本格的に病院向けサービスを展開し、すでに50を超える医療機関で導入が進んでいます。
── 中小病院が導入しやすい背景は。
最大のポイントは、コスト面での導入ハードルの低さです。当社のサービスは病院のベッド数に応じた料金体系で、一般的な他社製品と比べると5〜7割程度の価格設定です。年間利用費は500万円~1000万円程度となり、IT投資に限りのある中小病院でも導入しやすくなっています。
次に重要なのが、クラウドならではの「設定不要」という特徴です。従来の病院システムは導入時に膨大な初期設定が必要で、2年ごとの制度改定のたびに大規模なメンテナンスが発生します。Henryでは設定作業をクラウド上に組み込み、制度改定への対応も自動化しているため、オンプレミス型のような煩雑な対応は不要です。
そして、誰にでも使いやすい直感的なUI設計にこだわりました。中小病院では年配のスタッフも多く、ITツールへの抵抗感が根強くあります。従来の電子カルテは情報が散らばっていて必要な情報にたどり着くのに時間がかかりましたが、Henryでは必要な情報をすっきりと整理し、業務のストレスを減らすことを重視しています。
実際に導入いただいた病院では、業務の可視化や効率化が進み、病床稼働率が60%から100%に向上したケースも報告されています。また、クラウド電子カルテによるリモートワークの実現により、大阪府初の病院医師の宿直免除が認められた事例もあり、働き方改革にも貢献しています。

── 電子カルテ市場におけるHenryの立ち位置は。
電子カルテの基本的な価値である記録作業の効率化や医療スタッフ間の情報共有は、もはや市場全体の共通機能になりつつあります。その中で私たちが注力しているのが、クラウドだからこそ実現できる新しい価値の提供です。
クラウド型はオンプレミス型に比べて制度や現場の変化に柔軟に対応でき、日々蓄積される診療データを活用しやすいという明確な優位性を持っています。生成AIなどの先進技術と組み合わせた業務支援も可能になり、医療従事者の業務を省力化することで、空いたリソースを患者ケアに回すことができるのです。
さらに、私たちの事業は社会的な流れとも連動しています。国は2030年までに電子カルテの導入率を100%に引き上げる目標を掲げており、医療DXの推進は政策としても後押しされている状況です。当社は競合他社とも連携しながら、業界全体のアップデートを牽引していく存在でありたいと考えています。
現場との共同開発で磨いたプロダクト
── 創業時からの変遷を教えてください。
当社は2018年5月に設立し、当初から電子カルテとレセプトコンピューター(診療報酬請求システム)の開発に取り組んできました。創業時のターゲットは個人開業医や診療所でしたが、実際に現場を訪れる中で、より深刻な非効率に悩まされているのは中小規模の病院だということが判明しました。
複数の職種が関わる病院では業務フローが複雑で、部門ごとの連携も欠かせません。それにもかかわらず、いまだにレセコンすら導入されていない病院も少なくない状況です。この現実を受け、比較的早い段階で診療所から中小病院へとターゲットをピボットしています。
2020年からは実際の病院と共同開発を本格化。現場で働く医師や看護師、薬剤師らと綿密に対話を重ねながら、リアルな業務の流れや運用上の制約をプロダクトに反映するプロセスを重ねてきました。そして2023年、長年の試行錯誤の末に正式版を完成させ、サービス提供を開始しています。

── 開発で最も困難だった点は何でしょうか。
電子カルテとレセプトコンピューターの開発は、想像をはるかに超えて難易度の高いプロジェクトでした。医療システムの開発は要件の量と複雑さが桁違いで、私たちが向き合った要件は通常の10〜20倍。特に診療報酬制度の設計は非常に難解で、制度を網羅した文書は約1700ページに及びます。
その内容を正確に理解した上で、2年に一度の制度改定に即座に対応する必要があります。制度そのものがシステム仕様に直結するため、プログラミングのスキルだけでは対応できません。
さらに、現場の医師が一画面で診療記録の入力、検査や処方の指示、過去のデータ参照といった多様な操作を同時に行うため、UIや操作設計は非常に高度なレベルが要求されました。この課題に対応するため、医療従事者としてのバックグラウンドを持つエンジニアをチームに加え、プロダクトチーム全体が医療の専門性を継続的に学ぶ体制を築きました。
400床病院への挑戦と長期ビジョン
── 資金調達の目的を教えてください。
今回の資金調達には大きく2つの目的があります。
ひとつは、新たなビジネスモデルの検証です。現在は病院ごとに定額の月額利用料をいただく従来型の料金体系ですが、今後は病院の売上やコスト削減効果に連動した「テークレート型」のビジネスモデルへの移行を検討しています。調達した資金は、この新しい収益モデルの実現可能性を検証し、実運用に向けた体制構築やプロダクトのブラッシュアップに活用します。
もうひとつは、地域の中核を担う400床規模の急性期病院への展開を加速させることです。これまで主に100床前後の中小病院を中心に導入を進めてきましたが、今後はさらにその上の層にアプローチを広げ、医療インフラとしての存在感を強化していきます。
── 今後の展望をお聞かせください。
直近では、決済まわりのBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)領域のサービス拡充に注力します。医療機関では診療から診療報酬の支払いまで通常1か月ほどのタイムラグが発生し、特に中小規模の病院にとって経営を圧迫する大きな課題となっています。この部分にテクノロジーと業務支援を掛け合わせ、資金繰りの改善と業務効率化の両立を目指します。
また、病院の経営を支援する新たなプロダクトの開発にも取り組みます。蓄積される業務データを活用し、どの診療科が収益の柱になっているか、業務のどこに非効率が潜んでいるかといった点をデータで可視化。経営課題の発見から解決まで一貫してサポートできる仕組みを構想しています。
中長期的には、海外展開も視野に入れています。単なるソフトウェアの輸出ではなく、日本の医療現場で培ってきたシステム運用や業務ノウハウを含めた「トータルな医療インフラ支援」として展開していく考えです。
私たちが目指すのは、地域の医療インフラそのものを支える存在になること。病院同士がシステムを通じて連携し、患者情報を安全に共有できるようになれば、地域全体でより質の高い医療を実現できます。そして将来的には、医療にとどまらず介護や社会保障といった領域にも展開し、高齢化社会における包括的な社会インフラの一翼を担いたいと考えています。
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