iHeart Japanが8億円調達──iPS細胞由来の心臓再生医療で拡張型心筋症に挑む

iHeart Japanが8億円調達──iPS細胞由来の心臓再生医療で拡張型心筋症に挑む

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iPS細胞技術を活用した再生医療製品の開発を手がけるiHeart Japan株式会社は、2025年9月1日、総額約8億円のシリーズD資金調達を実施したと発表した。調達資金は、拡張型心筋症を対象とした自社開発製品の治験推進や関連する開発活動に充てられる予定である。

iHeart Japanは2013年に設立され、主にiPS細胞由来の心臓用再生医療等製品「IHJ-301」の開発を進めてきた。IHJ-301は、健常なドナーから作製したiPS細胞を用いて心筋細胞や血管内皮細胞などに分化誘導し、それらの細胞層とゼラチンハイドロゲル粒子層を交互に重ねることで、直径4センチ、厚さ1ミリの多層シート状に成形されている。この製品は、細胞とバイオマテリアルを組み合わせたハイブリッド型であり、ゲルの作用によって生着性や治療効果の向上が示唆されている。動物実験では、心機能回復に関する一定の効果が確認されている。

同社によれば、移植した細胞が分泌する因子によって心臓機能の回復を促すことが期待されている。多層構造による大量細胞の安定移植と、バイオマテリアルの活用による細胞の長期間生存・機能維持が特徴とされる。

代表取締役の角田健治氏は、設立時から事業を牽引してきた創業メンバーであり、三井物産グローバル投資とアント・キャピタル・パートナーズでバイオ領域のVC投資を担当。修士(農学)を持ち、P&Gで製品開発に従事した経験も有する。製品開発には東京大学大学院医学系研究科特任教授の山下潤氏の研究知見も活用されており、学術的なバックグラウンドが強い。現在の経営陣や創業メンバーは再生医療分野での実績を有し、国内外での特許取得や産学連携も進めている。

拡張型心筋症(Dilated Cardiomyopathy:DCM)は、心筋が薄くなり心腔が拡大することで十分な血液を送り出せなくなる進行性の希少疾患である。国内患者数は約2万人と推計されており、原因はウイルス感染や遺伝子変異など多岐にわたるが、詳細は不明な場合が多い。重症例の治療は心臓移植が唯一の根本的治療法となっているが、日本では移植ドナーが慢性的に不足し、待機期間が平均5年に及ぶとされる。こうした背景から、移植以外の治療法開発が強く求められてきた。

治験は2025年5月に東京女子医科大学病院で初めて患者への移植(IHJ-301使用)が実施されたことを皮切りに進行している。対象となるのは、心不全症状が重く、NYHA分類IIまたはIII、左室駆出率(LVEF)が15%以上40%未満の患者である。治験は第I/II相(Phase I/II)として、安全性と有効性の評価を目的に最大10例の患者に対して2027年3月までに実施される計画となっている。治験デザインは単群・非盲検・非対照であり、安全性評価後は他の医療機関(東京大学医学部附属病院、大阪大学医学部など)でも症例登録が進む見込みだ。これらのデータをもとに、2028年前後の承認申請を目指している。

今回の資金調達ラウンドは、三井住友海上キャピタルをリード投資家とし、複数のベンチャーキャピタルが参加した。調達資金は治験の推進、製品パイプラインの拡充、海外展開に向けた特許や認可対応にも活用される計画である。iHeart Japanは2021年に経済産業省の「J-Startup」プログラムにも選定されており、特許戦略を日本・米国・欧州で展開している。

競合動向としては、大阪大学発の企業や医師主導治験グループも、2024年からiPS細胞由来心筋細胞シートの治験を開始している。国内では他の希少疾患を対象としたiPS細胞由来製品の開発や治験も増加傾向にあり、厚生労働省の再生医療早期承認制度(再生医療等製品条件・期限付承認制度:REMAT)を活用した開発競争が活発化している。海外でも再生医療分野への関心が高まっており、日本発の技術や製品が市場で存在感を示せるかが問われる状況である。

今後は、治験データにより安全性や有効性がどのように裏付けられるかが焦点となる。iHeart Japanの治験と製品開発の進捗は、希少疾患患者の治療選択肢の拡大や、再生医療分野における事業モデルの形成に直結する動きといえる。規制動向、競合他社の開発状況、実用化に向けた承認プロセスなど、多角的な視点からの動向が注目される。

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