細胞治療の限界に挑む——イノバセル、欧州での治験推進に向けシリーズDで約4億円調達

細胞治療の限界に挑む——イノバセル、欧州での治験推進に向けシリーズDで約4億円調達

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再生医療等製品の研究開発・事業化に取り組むイノバセル株式会社が約4億円の資金調達を実施した。引受先はレオス・キャピタルワークスの公募投資信託「ひふみクロスオーバーpro」で、今回のシリーズDラウンドでの調達により累計資金は35億円を超えた。引き続き国内外の投資家と追加調達に向けた交渉を進めており、資金は主力パイプラインの治験推進やグローバル展開強化などに充てられる見通しだ。

イノバセルは2021年に設立された再生医療領域のスタートアップで、オーストリア・インスブルック医科大学発企業を前身とする。オーストリアでの知見と実績を基盤に、日本で再生医療製品の開発と商業化を進めてきた。主な事業領域は便失禁と尿失禁を対象とした自家細胞治療の開発であり、これまで根本治療が難しかった疾患に対して新たな治療選択肢を提供することを目指している。

同社のビジネスモデルは、世界各地で探索した細胞治療関連の研究シーズを自社で開発し、グローバル市場で商業化するというものだ。現在は筋芽細胞や平滑筋細胞を用いた独自の3つのパイプライン(ICEF15、ICES13、ICEF16)を展開しており、研究開発から治験、市販化準備まで一貫して手がけている。

主力パイプラインである「ICEF15」は切迫性便失禁患者を対象とした自家細胞治療薬である。患者自身の骨格筋由来筋芽細胞を採取し、培養後に肛門括約筋へ投与することで括約筋機能の回復を期待する治療法となる。ICEF15は現在、欧州10カ国で第Ⅲ相国際共同治験を進めている。これに加えて、腹圧性尿失禁を対象とした「ICES13」や漏出性便失禁の「ICEF16」も研究段階にある。便失禁・尿失禁はいずれも患者数が多い一方で根治的治療法が限られており、高齢化の進行とともに潜在市場規模も拡大傾向にある。

同社の共同代表を務めるのはノビック・コーリン氏(Co-CEO)とシーガー・ジェイソン氏(Co-CEO)である。両氏は海外で生まれ、日本で育ち、外資系コンサルティングファームや証券会社での勤務経験をもつ。2012年には再生医療分野のアドバイザリーファームCJ PARTNERSを共同創業し、その後2017年からイノバセル事業に参画した。2019年には経営危機の局面で事業再建を主導し、2021年の日本法人設立以降は共同代表体制となっている。なお、現経営陣はオーストリア企業創業時のメンバーとは異なる。

再生医療・細胞治療市場では、2000年代以降、国内外で事業化を目指すバイオスタートアップの新規参入が続く。日本では2014年の「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」施行を契機に、開発や事業化の取り組みが加速した。近年は「条件付き早期承認制度」など薬事承認プロセスの柔軟化も進みつつあるが、開発コストの増大やグローバル治験体制の構築、製造コストの高さといった課題も根強い。特に細胞治療は個別化医療の性質をもつため、他家細胞を利用したコスト削減の動きもある中、イノバセルは患者自身の細胞を用いる自家細胞治療の適合性と技術的優位性を重視している。

便失禁・尿失禁治療の分野では、グローバルに見ても医薬品による根本治療の選択肢が限られているのが現状である。市場を構成するのは医療機器や消耗品メーカーが中心で、例としてコロプラストなどが主要プレイヤーとなっている。こうした背景のもと、根本治療を目指す細胞治療製品への関心が高まっている。一方で、保険償還や価格設定、流通体制の整備といった制度面の課題も残る。

便失禁・尿失禁の患者数は高齢化社会の進行に伴い増加傾向にあり、たとえば日本国内では大人用おむつの需要が2018年に子供用を上回ったとのデータもある(日本衛生材料工業連合会調べ)。患者のQOL(生活の質)に大きな影響を及ぼすものの、医療機関へのアクセスや根本治療にたどり着く患者は限られている現状がある。

今回調達した資金は、ICEF15の第Ⅲ相治験の推進、欧米を中心とした開発エリアの拡大、市販後体制の整備、将来的な上場準備などに充てられる予定である。さらに、今後は他社から再生医療製品の導入を図るなど、バリューチェーンの拡大を検討しているという。

再生医療製品の価格設定や流通体制、他家細胞と自家細胞治療の技術進展、患者アクセスの拡大など、同分野には依然として多くの課題が残る。イノバセルの治験進捗や資金調達の動向は、業界関係者や投資家の関心を集めている。

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