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医師の疑問に応える臨床ナレッジAI「Cubec」提供開始、総額8000万円の資金調達を実施

限られた情報と時間のなか、複雑な診断や治療の判断に日々向き合う医師たち。現場では「今、この瞬間に必要な知識」へ迷わずアクセスできる手段が、これまで以上に求められている。そうした医療現場の不確実性に挑むのが、兵庫県神戸市に拠点を置くスタートアップ、株式会社Cubec(キューベック)だ。
国立循環器病研究センター発のベンチャーとして2023年に設立された同社は、2025年5月に医師向けの臨床ナレッジAI「Cubec」を正式に提供開始した。このAIはPubMedなどの医学論文をもとに、臨床現場で生じた疑問に対し、根拠を明示しながら要点を整理した回答を提示する。
あわせて、ANOBAKA、ライトアップベンチャーズからの第三者割当増資により6000万円、日本政策金融公庫およびみずほ銀行からの借入により2000万円、総額8000万円の資金調達を実施。これにより累計調達額は2.3億円に到達した。
今回は代表取締役CEOの奥井伸輔氏に、プロダクトの詳細や医療現場の課題、そして今後のビジョンについて話を聞いた。
――「Cubec」の機能について教えてください。
奥井氏:「Cubec」は、医師が診療中に抱いた疑問に対して、PubMedなどの信頼性の高い医学論文をもとにエビデンスベースで回答するAIアプリケーションです。
自然な言葉で質問を入力すると、AIが関連する論文を検索・要約して、出典つきで回答を提示します。出典があることで、医師自身が内容を裏付けられるのが大きな強みですね。
現在は英語論文が対象ですが、2025年末にかけて厚生労働省の認可文書や日本語の医学書なども追加予定で、より多くの診療シーンでの活用を目指しています。
――医師の情報収集における課題とは。
すべての医師が、あらゆる疾患に精通しているわけではありません。私たちの調査では、4人に1人以上の医師が1日に1回以上、Google検索や医学書を活用して情報収集を行っていることがわかっています。
とくに教科書に手順が明記されていないケースでは、短時間で適切な判断を下すための情報支援が欠かせません。既存の汎用型生成AIは便利ではあるものの、ハルシネーション(虚偽情報の生成)が課題となります。そのため私たちは、信頼できる出典を必ず提示する設計にこだわり、専門医との共同開発を重ねてきました。
――医師には無償で提供されているんですね。
はい。臨床現場の医師の方には、無料でご利用いただけるようにしています。一方で、製薬企業や医療機器企業に対しては、マーケティング支援を有償で提供することで、収益を確保する仕組みをとっています。
サービスを通じて蓄積される検索ワードや質問内容、閲覧された論文の傾向などは、すべて匿名化・統計化した上で分析しています。そうすることで、「どの属性の医師が、どんなテーマに関心を持っているのか」を把握できるんです。
このデータをダッシュボードやレポートとして企業に提供することで、これまでインタビューやアンケートに頼っていた医師ニーズの把握が、より効率的にできるようになります。
さらに今後は、医師の関心領域に合わせた広告枠をプロダクト内に設けることも検討しています。関連性の高い製品情報を提示する仕組みで、医師にとってもノイズになりにくく、有益な情報が届けられる形を目指しています。
今はまだプレセールスの段階ですが、すでに製薬企業や医療機器企業との間で実証に向けた議論を重ねているところです。
――創業のきっかけを教えてください。
Cubecの創業は2023年2月ですが、実はその1年以上前から、かかりつけ医を支援する目的で心不全診療の支援プロジェクトを進めていました。当時、現場の医師にヒアリングを重ねるなかで浮かび上がったのが、「判断の複雑さ」と「孤独な意思決定」という現実です。
一つの疾患に対しても選択肢は多く、現場で即座に正しい優先順位を導くのは容易ではありません。診断や検査の精度を高めるだけでは不十分であり、総合的に判断を支援する仕組みが必要でした。
そうした背景のなか、生成AIの登場によって「専門医の思考を再現する」という可能性が、現実味を帯びてきたのです。
私自身、父の長い闘病を支えるなかで、「最善の医療にたどり着けなかった」と感じる経験をしました。この原体験もまた、創業を決意するひとつのきっかけとなりました。
――開発チームの体制について教えてください。
共同創業者の新井田氏(取締役CAIO)は医療AIに精通した機械学習の専門家、医学統括の朔氏(取締役・現役医師)は国立循環器病研究センターで医療機器開発の経験を積んでいます。
彼らを中心に、「医師とともに開発する」──いわゆる「エキスパート・イン・ザ・ループ」体制を築いてきました。これまでに60名を超える医師がプロジェクトに協力しており、現場のフィードバックをもとに専門医の思考プロセスをAIに学習させ、実用性の高いプロダクトづくりを進めています。
―― 今後の展望を教えてください。
今回調達した資金は、リードエンジニアの採用やGPUなどの計算資源の拡充に充て、開発や提供体制のさらなる強化につなげていきます。2025年末までには、厚生労働省認可の医療情報や日本語医学書を新たに取り入れつつ、検索意図の理解精度も高めていく計画です。
中長期では、心不全や肺高血圧症に特化した診療支援AI「Cubec HF」「Cubec PH」の医療機器化を進め、2029年までの保険適用を目指しています。ビジネスとしても、2028年までに臨床ナレッジ事業単体で年間21億円の売上達成を見据えています。
さらに今後は、東南アジアを中心にグローバル展開にも取り組んでいく方針です。各国の医療制度や言語環境に合わせたローカライズが必要になりますが、日本語というマイナー言語で積み重ねてきた経験は、海外展開でも大きな武器になると考えています。
―― Cubecが目指す社会について教えてください。
私たちが目指しているのは、誰もが「その人にとって最善の医療」にたどり着ける世界です。たとえ医療資源に恵まれなくても、健康リテラシーに自信がなくても、自分に合った適切な選択肢を見つけられる社会をつくっていきたいと考えています。
Cubecはその第一歩として、サービスの提供を開始しました。テストユーザーからはすでにポジティブな声も多く届いていますが、私たちの挑戦はここからが本番です。
この意義ある取り組みに共感し、支えてくださるすべての方々とともに、より良い医療の未来を実現していきたいと願っています。
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