株式会社casaliz

近年、人手不足や労働環境の変化により、従来型の企業研修が実施しづらくなっている。十分な人員が確保できず、研修に手が回らないだけでなく、ハラスメントへの懸念からOJT(On-the-Job Training)も形骸化しがちだ。
こうした課題に対し、VRとAIを活用した革新的な研修ツール「MasterVR」を開発・提供するスタートアップ、株式会社casaliz(カサリス)を紹介する。バーチャル空間でAIと会話しながら業務をシミュレーションすることで、実践的な学習体験が可能になる。
また、VR上で完結するため、指導者の負担軽減も期待されている。シミュレーション内容は、注文対応からクレーム処理、さらには営業トークまで多岐にわたる。
サービス開始当初はホテルや飲食店といった接客業を中心に導入が進んでいたが、最近では一般企業への展開も広がっている。新入社員の営業研修にも活用されており、対話力の向上により、案件化率が15%以上向上したという報告もある。
VR研修市場は国内外で急成長中だ。2024年の日本国内におけるVR市場は約3300億円、2033年には1兆3000億円に達すると予測されている。
今後さらに拡大が見込まれるVR研修サービス。その起業背景や事業展開の見通しについて、代表取締役の山本直弥氏に話を聞いた。
接客業から営業職へ──“現場さながら”のトレーニングを実現
―― 事業概要について教えてください。
山本氏:「MasterVR」というAI×VR研修ツールを開発・提供しています。OJT(On-the-Job Training)を置き換える新しい手段として、VR空間でAIキャラクターと会話しながらトレーニングを行うスタイルを採用しました。トレーニング後には、AIによるリアルタイムのフィードバックが受けられる仕組みです。
最大の特徴は“没入感”にあります。PwCの調査では、VRを活用したトレーニングは習得スピードが約4.1倍、記憶定着率が3.75倍に高まるという結果も出ており、視覚・聴覚を含めた体験が学習効果に大きく寄与していると考えています。

もともとはホテル・飲食業など接客業向けに展開していましたが、2023年からは営業職向けに本格参入しました。営業は業種を問わず存在し、企業にとっても売上に直結する職種であることから、研修強化のニーズが高く、短期間で導入企業・利用者が急増しています。
リコージャパン様では、新入社員137名分として140台が導入され、九州電力様や西武・プリンスホテルズワールドワイド様などの大手企業にも広がりを見せています。
―― AIはどのようにノウハウを学習するのでしょうか。
当社では、営業スキルの高い「ハイパフォーマー」のやり取りをVR内で再現し、そのデータをAIに蓄積しています。参考にしているのは「2-6-2の法則」です。上位2割のノウハウを中間6割の層に還元し、営業全体の底上げを図るアプローチを採用しています。
当初はマニュアルや資料からの学習も試みましたが、多くの企業でノウハウが体系化されておらず、実演データの方が有効だと判断しました。形式知ではなく「振る舞いそのもの」をデータ化できるのが、MasterVRの大きな特長です。

VR研修が定着・効率・柔軟性で支持される理由
――どのような課題から生まれたのでしょうか。
最初に直面したのは、ホテル現場における「英語での接客トレーニングが機能していない」という課題でした。外国人宿泊客が常にいるとは限らず、英語対応のスキルを現場で磨く機会が限られていたのです。
「現実に近い環境を再現できるVRを活用すれば、もっと効率よくトレーニングできるのでは」と考え、VR上で外国人顧客を再現。発音や応対スキルを反復トレーニングできる環境を構築しました。
このアイデアが京王プラザホテル様に採用され、英語研修のDX化が大きく進展。これをきっかけに、さまざまな現場で「再現性のあるトレーニング」が必要であるという認識が広まりました。
――利用者からの反響は。
「実際の現場さながらで驚いた」「何度も練習できるのがありがたい」といった声も多く、現場の課題に寄り添う形で活用されている実感があります。
あるホテルスタッフからは、研修中に使っていたAIキャラクターの名前を、実際の接客中に思わず口に出してしまった、というエピソードもありました。同じシチュエーションで30回以上トレーニングを行っていたため、まさに「刷り込み」が起きていたんですね。
このように、身体が覚えるレベルまで落とし込めるのは、VRならではの学習体験だと実感しています。フィードバック機能付きで繰り返し練習できる仕組みが、記憶定着と実践力向上の両面で効果を発揮しています。
――VR研修は企業側にどのような利点がありますか。
VR研修の大きな利点は、コンテンツの制作・運用スピードと柔軟性です。従来のVR研修は、1つのシナリオ制作に数か月と数百万円がかかることが一般的でした。
一方で「MasterVR」は、会議室や応接スペースなどの空間、外国人や高齢者などのキャラクターがプラットフォーム化されているため、企業ごとのニーズに応じたシナリオを最短1週間で導入できます。
また、ハイパフォーマーの実演をAIに学習させれば、企業にマニュアルが整備されている必要もありません。AIキャラクターの性格や設定(例:優柔不断な営業部長、せっかちな子育て世代など)も柔軟にカスタマイズ可能で、多様な営業・接客場面に対応できます。
さらに、上司がつきっきりでロールプレイ指導を行う必要がなくなり、人件費や工数の削減にもつながります。AIがフィードバックを行うため、指導する側・受ける側の心理的なハードルも低く、冷静に改善点を受け入れやすい環境が整います。

“人を置き換えないAI”をつくるために選んだ道
――VRという領域に踏み出すまでの経緯を教えてください。
高専を卒業したあと、興味のあった建築学科に進学しました。CGやモデリングを学び、大学卒業後には新国立競技場(ザハ案)の設計チームにも参加した経験があります。そこでは、プログラミングの技術を使って建物を設計する、ということをしていました。
その後、自社サービスを展開しようとソフトウェア開発会社を設立。建築系の受託開発などに従事していました。転機があったのは2021年です。コロナ禍の「事業再構築補助金」を受給したことをきっかけに、新しい分野であるVR領域に踏み出す決断をしました。建築で培ったCGの技術や空間設計のノウハウが、VR研修の基盤技術として活かされています。
――現在の事業観につながる、印象的な気づきや原体験はありましたか。
建築系の事業に取り組んでいた頃、ディープラーニングを活用したプロジェクトにも携わっていました。その一つが、「道にカメラを設置し、通行する人数や、どのような商品に関心を持ちそうかを推定する」というものでした。
ある日、このカメラを商店街の店舗に導入してもらおうと説明していた際、店主の方から「これって電源が必要なんですか?」と聞かれたんです。私たちにとってはごく当たり前のことでしたが、その瞬間、思わずハッとしました。
同じことを人が目で見て判断するのであれば、電源も配線も不要ですし、コストもかかりません。しかも、人間の方が意外と精度が高いのではないか、そんな気づきがありました。「このカメラの競合は、もしかすると“人間”かもしれない」と感じたんです。
この経験から私は、「AIで人を置き換える」のではなく、「人にしかできない仕事を支える」方向で技術を活用していきたいと思うようになりました。
特に、感情や応対力といった“人間らしさ”が求められる接客や営業の現場には、AIやVRの技術が活きると考えています。そうした発想をもとに開発したのが、現在のMasterVRというプロダクトです。
“研修のその先”へ 広がる活用領域とグローバル市場
――今後の展望について教えてください。
売上目標としては、今年度は1.8億円、そして3年後には10億円の達成を目指しています。
現在は主にIT系企業の研修ツールとして利用いただくケースが多いのですが、今後は人材領域にも展開していきたいと考えています。たとえばVR面接によって営業職の適性を可視化するなど、新しい人材評価ツールとしても応用可能です。
また、長期的には海外展開も視野にいれています。当社のような、AI×VRを組み合わせた研修サービスは、海外でもまだ数が少ないんです。VR開発にはゲーム系の高度な3D技術が必要で、そこにAI対話・教育設計を掛け合わせるには、異分野の知見と実装力が求められます。当社は、これらの技術を横断的に融合した体制を持っており、プロダクト化までのスピードが大きな強みです。
加えて、一般的にVR教材は外注されるケースが多い中、MasterVRはシナリオ設計からAIの調整まで社内で完結しています。そのため、導入後の改修や個別対応にも柔軟に対応できる体制が整っており、継続的なアップデートを前提とした運用面でも優位性があります。
今後は、XR(クロスリアリティ)やウェアラブルデバイスの進化も見据え、より実用的かつ自然な研修環境の提供を目指していきたいですね。
「MasterVR」は現場でのフィードバックをもとに常に進化してきたプロダクトです。今後も現場の声に耳を傾けながら、必要とされる研修ツールを追求し続けます。