技術発展・法改正・課題顕在化で加速する不動産テック市場の拡大──国内外の注目企業139社

技術発展・法改正・課題顕在化で加速する不動産テック市場の拡大──国内外の注目企業139社

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高 実那美

国内市場規模が44兆円※1にのぼる不動産業界では、電子契約を全面解禁する法改正が行われ、DXのさらなる拡大が期待されている。

日本市場

2022年度の不動産テック市場規模は前年度比約20%増の約9400億円と推計された。全体のうち、BtoC向け市場規模は約7100億円、BtoB向け市場規模は約2300億円である。2030年度にはBtoCとBtoBの両領域でそれぞれ2倍以上となり、合算した市場規模は約2兆3780億円と予測されている※2

不動産は消費者にとって高額な買い物であり煩雑な手続きも多いことから、安心感のある対面での取引が一般的であった。事業者側も長年の慣習および法制度によってアナログな業務を続けてきた業界といわれる。しかし、近年は上記のように不動産DX市場が成長をみせ、今後もさらなる拡大が予測されている。

理由の一つ目には革新的技術の発展とその利用拡大が挙げられる。他の業界同様、AIやIoT、ビッグデータの活用が広がっている。

二つ目には、近年の法改正が影響を及ぼしているといえる。内容としては、大きく1電子契約と2「IT重説」の解禁の二つがある。1電子契約について、これまでは、不動産賃貸の取引において宅建業法や借地借家法で各種書類の書面交付が義務付けられており、紙媒体での契約締結が一般的であった。しかし、2022年5月に施行された改正法によって、電子データで作成した契約も締結が可能になり、不動産取引におけるスピードやコストの課題が改善されている。2IT重説について、従来は宅地建物取引士自らが対面で顧客に不動産取引における重説(重要事項説明)を行わなければならなかったが、2017年から賃貸取引ではテレビ電話などのオンラインでの重説が可能となった。これがIT重説と呼ばれている。2021年には売買取引においてもオンライン化が認められ、コロナ禍でIT重説の活用が拡大した。この二つの法改正により、契約によってはオンラインで完結させることができる。

DX拡大の三つ目の理由としては、直面する課題への対応が事業者を強く後押しした点が挙げられる。2020年春頃から外出自粛が要請されたコロナ禍では、非対面での接客や取引の必要性に迫られ、上記の法改正によるオンラインでの接客・取引が活用された。2023年5月に5類感染症に移行され、規制が緩和された後も、オンラインでの接客・取引は一部定着しているといえる。また、他業界同様に不動産業界も人手不足に陥っている。2014年度から2021年度までで、不動産業界の法人数は1.3~4.3%ずつ増加するなか※3、国内全体の労働人口は減少している。さらに、不動産業界の営業職は残業が多く激務といったイメージも根強く、人材確保は容易ではない。そのため人手不足でも売り上げを伸ばしていくためにDXを迫られるケースもみられる。さらには、世界全体の脱炭素化の流れからどんなビジネスにおいてもエネルギー消費量の削減が求められ、不動産業界でもより効率化な事業運営にシフトしていくためにペーパレス化などの対策にDXが必要不可欠となりつつある。

一方で、DXに積極的でない事業者の声も聞かれる。2023年4月に不動産管理会社、不動産仲介会社の約500名へ実施したアンケート調査※4では「貴社はDXに取り組まれていますか」という質問に対し、「取り組んでいる」が約22%、「取り組む予定」が約29%と、DXへ動き出せているのは2社に1社程度であった。一方で約46%が「取り組む予定はない」と回答し、その理由として「取り組む必要性を感じていない」が約48%と、現状維持で問題ないとする声が最も多かった。次いで「予算がかけられない」が約42%、「取り組み方がわからない」が約21%と他業界と同様の回答が見られた。DXに積極的でない事業者が一定数存在するのは、顧客に年配の不動産オーナーが多いため馴染みのない電子取引のニーズが少ないケースや、感染症の収束とともに対面取引のニーズが回復したことが起因すると考える。また、業務効率向上やコスト削減には関心があっても、不動産情報のデータベース化や一元管理により情報が広く公開されることがビジネスにおいて不利益が生じると考える事業者がいるともいわれている。今後のDX拡大には成功事例が広く理解されていくことが必要である。

世界市場

不動産テックの世界市場は、2022年の約291億ドル※5から2030年頃までに942億ドル※6に成長し、8年間で3倍以上になると予想されている。2021年には北米がシェアの55%以上を占めたが、アジア太平洋地域が最も急速に成長すると予測されており、特に中国では2022年に既に125億ドルに達している※7。中国では、2020年の総炭素排出量の50%以上を建築物が占めており※8、不動産業界の脱炭素化は中国脱炭素政策の目標達成において重要である。主に建築分野での効率化・低炭素化に焦点がおかれているが、安全で革新的な住宅と職場に対する人々のニーズを満たす不動産テックへの投資も中国にとって不可欠といえる。世界の不動産および不動産テック業界をリ ドするのは米国であり、日本の生涯住宅購入回数は約1回※9であるのに対して米国は少なくとも3回程度※10、日本の生涯引っ越し回数は平均4〜5回に対して、米国は11回ほどもあるといわれており※11、大きな差がある。日本は、生涯一度の大きな買い物であり、地元の事業者やネームバリューや実績がある事業者に集中しやすいのに対して、米国では、リピートや乗換、紹介など流入経路が多様で事業間の競争も激しい。生き残りをかけてより効率的な事業運営が求められ、DXに積極的な事業者が多いことが考えられる。また、売買や賃貸の取引回数が多ければ消費者はより手続きの簡素化やスピ ドを求めるようになるため、事業者は消費者ニーズに応えるためにもDXを拡大する傾向にある。

不動産売却においては、仲介業者による取り次ぎが日米ともに一般的な手法である。しかし、日本の場合は一つの仲介業者が売り手と買い手の双方を担当し、仲介業者は売り手・買い手の双方から手数料を得ることができる両手仲介の仕組みを取る業者が少なくない。両手仲介の場合、取引を成立させやすい反面、取引情報が一つの仲介業者にあり、価格の透明性に課題がある。仲介業者は多くの仲介手数料を受け取ることができるため、あえて物件情報をREINS(不動産流通機構会員専用の情報交換サービス)に登録しなかったり、売却依頼があった物件を他社には紹介しない囲い込みを行うことがあり、日本の不動産業界で問題視されている課題となっている。一方で米国では、両手仲介を禁止する州もあり、売り手と買い手それぞれにエージェントがつき、売買の交渉は実質的にはエージェント間で進める。2社のエージェントが介することで適正価格で取引が成立しやすいメリットもあるが、関係者が増えるため取引が長期化しやすいデメリットがあるといわれている。

そのような中、米国ではiBuyerといわれるビジネスモデルが普及している。iBuyerとは、業者が売手から直接物件を買い取って在庫とし、その後に転売するビジネスモデルである。これまでの仲介業者に依頼する方法よりもスピーディーな取引が可能になる。査定ではAIを活用し、迅速に納得感の高い査定を実現している。最短では2日程度で売却手続きを完了させられるといわれており、従来の不動産取引の課題とされていた取引期間が長期にわたる点と価格の不透明性が改善が期待される。この領域では、米国のOpendoorがパイオニアとされている。同社の売却手数料は平均6.7%と、5%が目安と言われる全米のなかでは割高ながら、売却スピードやユーザフレンドリーなサービスが評価されている。

また、日本市場と同様にAIやビッグデータのような近年の技術革新が世界の不動産業界にも影響を与えている。一つは業者と顧客がつながりやすくなった点である。インターネット上に情報が増え、分析とマッチングの精度が向上したことにより、消費者は自分の条件にあった物件および業者を見つけることが容易になった。事業者にとっても、ターゲットを絞ったマーケティングキャンペーンの作成や、パーソナライズされたオンライン広告など潜在顧客へのフォローアップを自動化するAI搭載のソフトウエアなどを利用し、顧客との繋がりを強めることが可能になった。二つ目は不動産投資の民主化である。それまで大資本のある企業や一部の投資家しか介在しなかった不動産投資において、多くの不動産情報がデータベース上で共有され投資の間口が広がり、特別な知識がなくてもAIアシスタントの存在により気軽に投資することができるようになった。

カオスマップと注目企業

本カオスマップでは、住宅用と商用、その他の3つの大カテゴリーと18の小カテゴリーに分類し、ケップルの独自調査で選定した国内外の注目企業139社をスタートアップを中心に掲載している。以下、各カテゴリーを紹介する。

住宅用

この大カテゴリーでは住宅向けサービスを4つの中カテゴリーと、さらに11の小カテゴリーに分類している。

物件探し

住宅用不動産を探す際に利用されるサービスを4つの小カテゴリーに分類している。

不動産業者マッチング

消費者が住宅物件情報を検索・閲覧でき、物件を保有する不動産事業者が集客できるサイトなどを運営している企業を国内5社、海外2社を分類している。

不動産業者マッチング

大手の物件検索サイトが広告費用をかけてユーザーを獲得するなか、スタートアップでは固有の強みを持ったサービスが誕生している。全物件を毎日更新することでおとり物件や重複物件の掲載がないことを強みとするエアドアや、リノベーション工事からメディア集客、運営まで自社で一気通貫で行うリノベ物件検索サイトも運営するグッドルーム、外国人向けの賃貸物件を取り扱うDID-GLOBALなど、付加価値のあるサービスが存在する。

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※ 1 財務省 「年次別法人企業統計調査(令和2年度)」
※ 2 公益財団法人不動産流通推進センター 「2023 不動産業統計集」
※ 3 株式会社矢野経済研究所 「不動産テック市場に関する調査を実施(2024年)」
※ 4 LIFULL HOME'S 「【調査結果】不動産業界のDX推進に対する実態調査の結果を公開」
※ 5 Grand View Research 「PropTech Market Size, Share & Trends Analysis」
※ 6 Grand View Research 「PropTech Market Size Worth $94,200.07 Million By 2030」
※ 7 China Daily 「Three suggestions offered to local proptech industry」
※ 8 EqualOcean 「UrbanLab: Propelling China's PropTech Innovation for A Sustainable Future」
※ 9 国土交通省住宅局 「平成30年度住宅市場動向調査」
※ 10 The Zebra 「Average length of homeownership: Americans spend less than 15 years in one home」
※ 11 KEPPLE 「電子契約から始める不動産DX、住み替えを増やし業界に活気をもたらす」

オープンイノベーションの始め方-スタートアップとの接点を増やすために押さえておきたいポイント

新卒で全日本空輸株式会社に入社し、主にマーケティング&セールスや国際線の収入策定に従事。INSEADにてMBA取得後、シンガポールのコンサルティング会社にて、航空業界を対象に戦略策定やデューディリジェンスを行ったのち、2023年ケップルに参画。主に海外スタートアップと日本企業の提携促進や新規事業立ち上げに携わるほか、KEPPLEメディアやKEPPLE DBへの独自コンテンツの企画、発信も行う。

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