IT技術と金融を組み合わせるフィンテック。スタートアップを中心に新たなサービスも増える中、日本国内ではブロックチェーン技術を活用して発行されるデジタル証券(セキュリティ・トークン)の発行事例が増えてきた。
発行体にとっては、一定額以上の資金調達であれば有利なコストでの発行が可能となり、投資家の情報を直接把握できるというメリットがある。東京都はデジタル証券の発行に必要な経費の補助支援を実施するなど、国内のフィンテック産業育成につながる取り組みとして期待を寄せている。
こうしたデジタル証券の発行を支援するスタートアップの1社がSecuritize Japanだ。米国で2017年に創業、2019年より日本で事業を開始した。
同社が提供するのは、デジタル証券を活用した資金調達を実施する企業が、証券の発行や管理を行うプラットフォーム。顧客数は世界で3000社を超え、国内でも大手金融機関や事業会社の利用実績が増えている。この5月には、米Securitizeがブラックロック主導のラウンドで4700万ドル(約74億円)の資金調達を実施した。
Securitize Japan カントリーヘッドの小林 英至氏に、デジタル証券を取り巻く現状や今後の展望などについて話を伺った。
発行者・投資家双方の利便性が高いデジタル証券
―― デジタル証券について教えてください。
小林氏:セキュリティ・トークン(以下、ST)は、ブロックチェーン技術を活用してデジタル化された有価証券です。日本では「デジタル証券」とも呼ばれています。
対応できる有価証券の範囲は非常に広く、株式や社債、REIT(不動産投資信託)などの証券はもちろんのこと、芸術品やワインなど、世の中の価値あるものをデジタル証券として表現できる、その汎用性の高さが特徴です。
STを用いて資金調達を行う手法がSTO(Security Token Offering)です。暗号通貨を利用して資金調達をするICO(Initial Coin Offering)と似ていますが、STは実際に存在する価値ある資産(証券)に紐づいている点で異なります。
―― デジタル証券を購入するメリットについて教えてください。
スマートコントラクトを活用したSTは、保有すること自体が所有権の証明となり、改ざんの心配がありません。万が一盗まれた場合も保全できるという高い安全性を備えています。
重要なのは「それによって何が変わるのか?」ということです。例えば自分が株主となっている企業の店舗を訪れる際、スマートフォン上で自分が株主であることを証明できれば、その場ですぐに優待を受けられるようになります。
また、デジタル証券には、金銭の支払いと証券の引き渡しが同時に発生しなければ契約が成立しない仕組み(DvP)が担保されています。そのため、取引所などの中間業者がいなくても、24時間365日いつでも二次流通による売買が可能となるのです。利用者にとっての大幅なコスト削減や安全性の担保、利便性の向上という観点で大きなメリットがあります。
―― 証券の発行体にとってはどのような利点があるのでしょうか?
「株式や債権の所有者を常に把握できる」というのが一番大きなメリットです。例えば、鉄道会社の無料乗車券やスーパーのお買い物券など、企業が配布する株主優待券を創造してください。
これらは、基本的に紙で株主のもとに届きます。すべての株主に漏れなく送るためには、ある時点の株主名簿を整理する必要がありますし、優待券を印刷して封入する手間がかかります。1件あたり数千円分もしないような優待券を送るのに結構なコストがかかっている、ここにSTを活用することでコストを抑えることができるのです。
「マーケティング効果」がST活用の大きなメリット
―― 国内の注目事例について教えてください。
丸井グループは、公募自己募集型デジタル社債をSTとして発行しました。ここにSecuritizeのプラットフォームが活用されています。今年の3月には4号案件の募集を開始するなど、先進的な事例です。
「発行体による自己募集」である点がポイントです。発行体が直接投資家につながることにより、販売状況や投資家の情報をリアルタイムに把握できるようになります。通常は保険振替機構(ほふり)を通して管理されるため、社債発行者は基本的に投資家の情報を知ることができません。
投資家に直接リーチすることで丸井グループが取り組むSDGsの活動により共感してもらい、ファンとなるような層を増やす。結果的に丸井グループのエポスカード利用額を増やすほか、関連事業への関心を持ってもらうような効果が狙いです。
カゴメのケースでは、社債発行は通常の方法で行いましたが、当社のプラットフォームを利用し、社債購入者に野菜ジュースをプレゼントするマーケティング施策を行っています。このように資金調達と同時にファンを獲得していくモデルを、我々は社内では「ファイナンス×マーケティング」と呼んでいます。発行体と投資家がつながっているからこそ実現できることです。
―― 国内におけるデジタル証券普及の進展についてはどのように考えていますか?
当初想定していたよりも慎重に進んでいる印象ですが、この1年は活用事例も増えてきています。昨年には当社とソニー銀行による提携が実現しました。銀行によるデジタル証券の販売は日本初です。この事例をきっかけに、銀行からの問い合わせもかなり増えています。
パブリックに公開している案件のほかにも、不動産やIPに関連する案件も水面下で進めています。表には出ていなくても、関係者も徐々にデジタル証券への理解を示すようになってきました。
―― 今後の普及に向けて乗り越えるべき課題とは?
徐々に実績が増えているとはいえ、まだまだデジタル証券の利便性とメリットが関係者に広く認知されているとは言えない状況です。ただ社債を購入するよりも、デジタル証券購入による付加価値が高いことを示せれば、事業者によるデジタル証券の利用も進むはずです。
そうした形でニーズが顕在化すれば、規制を変えるための議論も前に進みます。ニーズを生みながら規制改革に対する喚起も同時に進める、それが当社の役割だと思います。
金融市場の効率的な運営が経済成長に不可欠
―― 今後の長期的な展望を教えてください。
海外のSTでは、透明性が高く、ステーブルコインなど他の資産との連携が容易なパブリックブロックチェーンが一般的に利用されています。一方、日本ではプライベートブロックチェーンを用いることが主流です。こうした状況を変え、日本でもパブリックブロックチェーンの活用を推進していきたいと思っています。
5年もすれば、利用者や発行体・投資家にとって、デジタル証券は特別なものではなくなっているかもしれません。株式での活用も進んでいるかもしれませんね。そのためにも、利用者や行政を含めた幅広い関係者を引っ張っていけるような影響力を持てるよう、着実に取り組んでいきます。
日本の金融市場は、最近株価の上昇も受けて話題になることが増えましたが、まだまだできることがあるはずです。国家のインフラとして、金融市場の効率的な運営なくして、国としての成長は見込めないというのが私の考えです。長期的な日本の成長のためにデジタル証券は必要な技術になる、そう信じてビジネスや業界の再構築に貢献していきたいと思います。