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グルタチオンで農業を変える──WAKUが挑むバイオスティミュラントという新領域


抗酸化物質グルタチオン──あらゆる生物が体内に持つ物質で、農業や畜産はもちろん、サプリメントや美容、医薬品、さらにはペットの健康維持まで、応用の裾野は驚くほど広い。ところが、この万能とも言える物質を安価に量産する手立ては限られてきた。株式会社WAKUは、このグルタチオンを農業向けに低コストで生産できる基盤づくりを狙うスタートアップだ。
その鍵として同社が見いだしたのが、「分裂酵母」である。分裂酵母は、これまでほとんど産業に活用されてこなかった酵母だ。ビールやパンづくりでおなじみの出芽酵母とは異なり、主にアカデミアで細胞や遺伝子研究のモデル生物として扱われてきた。その「研究用の酵母」が、グルタチオンを非常に効率的に作る──WAKUはそこに、産業素材としての大きな可能性を見いだしている。
同社は足元では、グルタチオンを活用した農業用バイオスティミュラント※1「WAKUFUL」を展開する。2026年8月には、初の自社工場を岩手県花巻市で稼働させ、量産へと漕ぎ出した。
今回、プレシリーズAラウンドで総額4.8億円(エクイティ1.5億円、融資1.5億円)の資金調達を実施。2025年7月に発表した1.8億円とあわせ、本ラウンドの調達総額は4.8億円となった。調達資金は、WAKUFULの事業拡大と分裂酵母の研究開発に充てる。
代表取締役CEOの姫野亮佑氏に、分裂酵母に着目した背景や、量産化に向けた進捗、今後の事業展開について聞いた。
※1 バイオスティミュラント:肥料や農薬とは異なる農業資材のカテゴリーで、作物が本来持つ力を引き出し、環境ストレスへの対応や健全な生育を支える

──今回の資金調達の使途について教えてください。
姫野氏:今年3月に「WAKUFUL」の製品化が完了したので、まずはWAKUFULをより多くの農業生産者へ届けるための販売体制を強化していきます。加えて、これまで水面下で進めてきた分裂酵母の研究開発を一気に加速させます。この2つが、今回の主な使い道です。
──分裂酵母とは、どのようなものなのでしょうか。
分裂酵母は、酵母の一種で、グルタチオンを非常に効率的に作る性質を持っています。
産業界で一般的に使われているのは「出芽酵母」で、ビールやワイン、パンづくり、バイオものづくりなど、さまざまな場面で活用されています。一方の分裂酵母は、細胞が真ん中で均等に分かれて増える酵母で、これまで主に細胞や遺伝子の研究に使われ、アカデミアではモデル生物として活用されてきました。産業での活用は極めて限定的です。
これは分裂酵母に問題があったからというより、出芽酵母が長い年月をかけて産業の標準として最適化されてきたことが大きいと思います。分裂酵母はアカデミアの研究対象にとどまり、すでに最適化された出芽酵母を覆すほどのメリットがあるか、十分に検討されてこなかったのではないでしょうか。

──分裂酵母の研究は、どのようなきっかけで始まったのでしょうか。
きっかけは、北海道大学で20年以上にわたって分裂酵母を研究してきた高畑 信也先生との出会いです。先生は、分裂酵母がグルタチオンを大量に作ることに以前から気付いていました。当社CTOの三橋が先生に出会い、「分裂酵母をグルタチオン生産に活用したら面白いのではないか」という話になりました。
その後、高畑先生は当社にフルタイムで参画し、研究室出身のメンバーも合流しました。分裂酵母を扱う研究者は世界的にも少なく、先端を走っていた北海道大学の研究チームがが社内にいることは、他社が簡単にはまねできない強みになっています。
──分裂酵母を活用することで、コスト面にはどのような影響があるのでしょうか。
これまで当社は、酸化型グルタチオンをダイレクトに生産するということに焦点を当てた上で、液体化して販売していました※2。
さらに踏み込むには、原料であるグルタチオンそのものを安く作る必要があります。分裂酵母を活用すれば、コストを一段下げられる可能性がある。そこに大きな意味があります。
※2 美容・医薬領域で使用されるグルタチオンは、主に還元型。一方で、植物に与える場合には酸化型グルタチオンを使うが、市場には酸化型グルタチオンがほとんどないという。
──量産化に向けた進捗はいかがでしょうか。
現在は、グルタチオンを大量に作る分裂酵母を、どれだけ効率的に増やせるかという課題に取り組んでいます。
ラボでは培養して増やすことができており、今後は、段階的にスケールを上げていく考えです。発酵産業では酵母の培養自体は一般的に行われているため、課題はあるものの、乗り越えられると考えています。
現在の製法で作っているWAKUFULは、岩手県花巻市の工場で生産しています。一方、今後、分裂酵母の培養から一貫して手がける場合には、別の生産体制が必要になります。
将来的には、2030年頃を目処に福島県で量産工場を立ち上げることを見据えており、来年度から具体的な検討を始める予定です。その準備もあり、これまで岡山に置いていた本社を福島県南相馬市へ移しました。

──分裂酵母に関連して、どのような特許を出願されているのでしょうか。
大きく3つの領域で出願しています。
ひとつは、グルタチオンを大量に生産する遺伝子に関するものです。どのような遺伝子を持つ分裂酵母がグルタチオンを多く作るのか。その部分を押さえにいっています。
二つ目は、分裂酵母を活用した重金属浄化に関するものです。当社が開発した分裂酵母は、土壌中の重金属イオンを硫化させることで、イオンの状態から安定した化合物へ変える性質を持っています。鉛汚染された土壌に分裂酵母を撒くことで、グルタチオンが鉛を硫化鉛として固定化し、植物が吸収しにくい状態を作り出せます。
三つ目は、創薬への応用に関するものです。グルタチオンは細胞を酸化ストレスから守る働きを持っています。裏を返せば、グルタチオンを枯渇させることで細胞をその守りから外し、細胞死を誘導することもできます。この仕組みを将来的な創薬応用につなげられる可能性があり、細胞死誘導に関する特許も出願しています。
農業資材、土壌の浄化、そしてがん創薬。一見かけ離れたこれらが、すべて分裂酵母という一つの基盤から生まれてきます。だからこそ今後さまざまな領域に展開できる可能性があり、その入り口となる知財を早い段階から押さえておくことが重要だと考えています。
当社では今年から、大手企業の知財部門出身のメンバーが知財戦略を担当しています。分裂酵母を基盤に、グルタチオンだけでなく、その周辺の分子や用途展開まで見据えて、権利化を進めています。
──今後の事業展開についてお聞かせください。
足元では、WAKUFULの拡大に取り組みます。その先では、グルタチオンなどの高機能分子を低コストで安定的に生産できる原料メーカーになることが次のステップだと考えています。
グルタチオンは、農業だけでなく、サプリメントや美容などにも活用の余地があります。さらに、グルタチオンそのものに限らず、グルタチオン周辺の分子にも可能性があると見ています。
たとえば、グルタチオンは、グルタミン酸、システイン、グリシンという3つのアミノ酸からできています。システインには硫黄(S)が含まれていますが、硫黄原子を鎖のように繋げる技術などにも応用できます。「超硫黄分子」と呼ばれる分子で、強い抗酸化作用や細胞保護作用から注目されています。もしこういった素材の生産が実現できれば、製薬会社やサプリメント企業などへの展開も考えられます。
今まで市場に出回っていなかった高機能な分子を作ることができれば、新しい市場をつくることにもつながります。将来的には、他社とも連携しながら、食品、ヘルスケア、医薬品、化粧品など、幅広い領域への展開を目指します。
──すでに開発を進めている領域はありますか。
現在開発しているのは、猫向けのグルタチオンサプリメントです。
グルタチオンは動物向けにも活用できる可能性があります。高齢の猫では腎臓の不調が課題になることが多く、そうした領域に対してグルタチオンの可能性に着目しています。
ペット向けのサプリメント市場は、今後も国内外で広がる余地があると見ています。まずは猫向けのサプリメントから取り組み、将来的にはより幅広い用途に展開していきたいです。
──WAKUは今後、どのような企業を目指していくのでしょうか。
WAKUは、「グルタチオンで人類の食を守る」という思いから始まりました。
ただ、農業資材を提供する会社にとどまるつもりはありません。農業分野での社会実装を進めながら、分裂酵母を基盤に、さまざまな高機能素材を生み出す会社になっていきたいと考えています。
既存の企業が出芽酵母や他の微生物を使ってきたのに対し、私たちが挑むのは、これまで産業化が進んでこなかった分裂酵母です。誰も本格的に手をつけてこなかったこの酵母を基盤に、日本から新しいバイオ産業をつくる。その覚悟を持って、研究開発と社会実装を進めていきます。
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