株式会社FLOSFIA

トップ画像:左から、FLOSFIA 取締役 天田 健嗣氏、WIPO事務局長 Daren Tang氏、FLOSFIA 創業者・取締役会長 人羅 俊実氏
株式会社FLOSFIAは、京都大学発の新材料「α型酸化ガリウム」(α-Ga₂O₃)を用いた次世代パワー半導体を、独自の成膜技術「ミストドライ®」で開発・製造するディープテックスタートアップだ。
パワー半導体は、電力の変換や制御を担う半導体で、データセンターや電気自動車(EV)、産業機器の電力効率を左右し、省エネと電動化の鍵を握る。電動化と脱炭素の流れを追い風に、その需要は世界的に高まっており、世界市場は2030年には約370億ドルへ拡大する見通しとなっている※1。
長く主流となっているシリコンに代わる材料として、すでにSiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)の実用化が進む。酸化ガリウムはそれらに続く次世代材料で、電力損失を抑えながら高い電圧に耐えられ、SiCより低コストで製造できる可能性があるとされる。ただし量産化に向けて不可欠な「p層(電流の流れを制御するための領域)」を安定して形成することが難しく、デバイスとしての性能を引き出す最大の技術課題となってきた。
FLOSFIAは独自の材料・製造技術でp層を形成し、それを組み込んだMOSFET(電圧によって電流の流れを制御する半導体スイッチ素子)を開発。2025年7月にその実証結果を公表し、安全性の高い動作と10A超の大電流化を両立したとしている。今後、高耐圧化や信頼性向上を進め、SiCを上回る低損失と低コストの実現を目指す方針だ。
そのFLOSFIAが、2026年7月、国連の専門機関である世界知的所有権機関(WIPO)が主催する「2026 WIPO Global Awards」において、環境部門の受賞企業に選出された。本年は126か国から1300件を超える応募が集まり、11社が受賞。日本企業の受賞は2022年以来2度目となる。
評価の中心にあったのは、材料から製造まで一貫した技術と、それを支える知財戦略だ。約800件超の特許出願を行い、400件超を権利化している。知財を「守り」だけでなく事業の推進力として活用してきた同社の手法は、量産の壁に挑むディープテックが知財戦略をどう組み立てるべきか、その一つの示唆を与えてくれるかもしれない。
「最先端の半導体の、基礎から製品に近いところまで駆け抜けてきた」と話す創業者・取締役会長の人羅 俊実氏と、取締役の天田 健嗣氏。両氏に、FLOSFIAの強みと知財戦略について聞いた。
※1 矢野経済研究所「パワー半導体の世界市場に関する調査を実施(2023年)」
材料から製造まで──環境負荷を減らす「半導体エコロジー®」
──御社の「ミストドライ®」という技術について教えてください。
天田氏:「ミストドライ®」は、溶液をミスト(霧)の状態にして加熱し、成膜する技術です。現在パワー半導体の主流であるシリコンやSiCは、真空かつ高温での製造が前提になります。一方、この方法では真空ではなく、常圧かつ比較的低い温度で製造できます。
ミストドライ®は、製造装置そのものが安価で済み、製造時の電力消費も少ない。装置から稼働まで、環境負荷の小さいソリューションです。
さらに、材料となる「ガリウム」はアルミニウム精錬の副産物から得られる材料です。
材料、製造、そしてデバイスとして使う段階での低エネルギーロスまで、一貫して環境に優しい。この構想が、当社が掲げる「半導体エコロジー®」です。半導体という小さな最先端技術から、世界中にエコを届けることを目指しています。

──酸化ガリウムは次世代材料として注目されていますが、これまで何が社会実装に向けたハードルとなってきたのでしょうか。
人羅氏:最大の難関は「p層」と呼ばれる膜の形成でした。酸化ガリウムは何十年も前から研究されてきましたが、このp層の成膜は不可能とされてきたのです。当社は、ミストドライ®技術により、世界で初めてp層の成膜に成功し、p層を用いたMOSFETのノーマリーオフ動作(スイッチをオフにした際に電流が流れない状態を作ること)も世界に先駆けて実証しました。

酸化ガリウムの綺麗な結晶を作れば半導体として動くわけではありません。実際にデバイスとして作り上げ、特性を測り、そこで得た知見を結晶に戻す。この往復を重ねて初めて、良い特性が実証できます。
上流の材料だけを磨いても、物としての証明は進みません。上流から下流まで一気通貫でやり遂げる。そこが最も難しく、当社の価値の源泉になっています。
特許出願800件・登録400件を支える、知財の内製化
──今回のWIPO Global Awardsでは、どのような点が評価されたとお考えでしょうか。
天田氏:本賞における評価の軸は、特許ポートフォリオ、それを事業に生かす知財戦略、社内の知財文化、そして社会実装したときのインパクトです。
当社は創業以来、重要な基本特許を軸にポートフォリオを広げてきました。出願から中間応答、維持管理までを担う専任の知財部門をシード期には社内に設け、体制を築いた。加えて、成膜技術だけでなくプロセス(製造方法)やデバイス※2、パッケージング※3まで、基本特許から応用まで一貫して知財として押さえています。
ユニークな製品を社会実装するまでの、上流から下流までのポートフォリオ。それが実現したときの社会的インパクト。そうした点が評価されたと感じています。
※2 デバイス:MOSFETなど、電力を制御・変換する半導体素子や、その構造
※3 パッケージング:完成したパワー半導体チップを外部回路につなぎ、保護・放熱する技術

──多様な特許をお持ちですが、特許を取得して公開する範囲と、ノウハウとして秘匿する範囲を、どう線引きしていますか。
人羅氏:基本的に、「権利として効きやすい技術」は特許で押さえ、「外から分かりにくく侵害の立証が難しい技術」は秘匿する、という線引きにしています。
特許として押さえやすいのは、一般に「物質特許」や「物の特許」と言われるものです。素材や構造がこれにあたります。完成した製品を分析すれば、その特許を使っていると証明しやすい。そうした領域は、できるだけ特許として押さえます。
反対に、強い権利を取りにくいものは、無理に特許化しません。ノウハウとしてクローズに管理する。何を公開し、何を秘匿すれば有利か。社会実装がどれだけ早く広がるか。その両面で住み分けています。
──知財を外部に委託せず、内製化している理由を教えてください。
人羅氏:質とコストの観点から内製化しています。弁理士事務所にお願いしたこともありましたが、当社がこだわりたい権利範囲を丁寧に作り込むには、発明にコミットする内部の人間が明細書を書くほうが、質が高いのです。
そのため、かなり初期から知財部門を置きました。件数が増えてからは、知財管理システムも内製で構築しています。800件を出願し、400件を維持する。これはコストのかかることですが、内製だからこそ出来ていることです。
──創業初期から、知財を重視していたのでしょうか。
人羅氏:会社設立当時からではありません。ただ、他社の成功事例を調べるうちに知財の重要性に気付き、早い段階で取り組み始めました。
転機は、知財のレジェンドである丸島 儀一先生(元キヤノン顧問・元日本弁理士会副会長)のもとで学べたことです。「スタートアップを守るのは知財だ」「知財がなければ大手と並んでの自由競争になってしまい勝ち目がなくなる」と言われました。丸腰では大手に勝てません。先に知財を押さえるから、ベンチャーは戦える。そう腹をくくり、社内に仕組みを構築すると決めました。
──ディープテック企業は、知財をどう活用すべきだとお考えですか。
人羅氏:領域によって最適なアプローチは異なります。大切なのは、事業領域に合った形で知財を押さえることです。
例えば、アプリケーションのマーケットが大きくても、鍵となる部材のマーケットが小さければ、そこで無理に出願しても維持コストが見合いません。自社のビジネスモデルや事業領域を踏まえた見極めが要ります。
有効なのは、先行事例や成功事例の企業に学ぶことです。彼らがどんな考え方で知財を押さえてきたかを分析すると、自社が取るべき型が見えてきます。
──知財を活用したビジネスモデルの先行事例として、どこにヒントを得られたのでしょうか。
人羅氏:ヒントを得たのは、製薬型のベンチャーのビジネスモデルです。研究開発の成果そのものに社会的価値を認めてもらい、その段階でキャッシュを得る仕組みが成立していました。
当社はこれを「共同モデル事業」として具体化しました。半導体やモジュールの特性といった開発成果に対し、パートナー企業からマイルストーン収入をいただく。目の前の成果で評価を得つつ、その裏側で強い知財を押さえ、次の提携につなげる。このサイクルを回してきました。
知財は、初期は費用が出ていく一方だと思われがちです。しかし外部との連携に生かせば、足元のキャッシュを生みながら死の谷を越えられます。
パートナー企業とWin-Winの関係を築き、量産へ
──大企業との連携で重視していることは何でしょうか。
天田氏:Win-Winの関係を築けるかどうかです。当社の製品が社会実装されれば、大企業は競争力を高められる。当社は共同開発によって開発を加速することができる。この関係が成り立つことが前提になります。
人羅氏:付け加えると、交渉の現場は格好の良いものではありません。大手は自社に有利な契約を求めます。自社の事業に沿った契約を望むのは、当然のことです。当社は生き残るために、知財やマイルストーンなど譲れない条項を必死に主張する。「常識外れなスタートアップ」と思われるくらいの覚悟で、下から見上げてぶつかる。そうして初めて、条件を飲んでいただけることもあります。
──創業以来の歩みを振り返ってみていかがでしょうか。
人羅氏:最先端の半導体の、基礎から製品に近いところまで駆け抜けてきました。開発は思い通りにならないことばかりです。原因を突き止めて対策を打つと、また新たな課題が出てくる。その繰り返しでした。
苦労は技術だけではありません。大学の技術を事業の形にするには、資金も人も要ります。知財の押さえ方も、世の中に当たり前のやり方があるわけではない。一つひとつ考えて取り組み、壁にぶつかっては改善する。技術以外の要素も、数多く積み重ねてきました。


──今後の量産と、パートナー戦略の展望を聞かせてください。
天田氏:当社はいよいよ、事業をスケールさせる段階に入ります。最初の量産は実績のある半導体ベンダーやファウンドリー※4と進める方針です。
知財と技術のノウハウをパッケージ化し、パートナーに提供します。パートナーは早く量産に踏み出せる。当社は自社の技術を広く社会へ届けられる。このWin-Winの関係性が、スケールの原動力になります。
半導体の土台となるエピタキシャルウェハ(結晶層を成長させた基板)の供給メーカーや、製造装置のメーカーなど、量産を支える供給パートナーとも組みたいと考えています。
「半導体エコロジー®」の実現に向けて、国内外のパートナーとの連携を加速させていきます。
※4 ファウンドリー:TSMCをはじめとする半導体の受託製造メーカー






