議論呼ぶ信託型SOの給与課税、新ルールはスタートアップの武器になるか

議論呼ぶ信託型SOの給与課税、新ルールはスタートアップの武器になるか

目次

  1. はじめに
  2. 信託型SOとは
  3. 国税庁による信託型SOへの見解
  4. 税制適格SO株価算定の新ルール
  5. 純資産価額方式(相続税評価額ベース)による株価算定
  6. 会計面の留意事項
  7. おわりに

はじめに

2023年5月29日の税制説明会で明示された国税庁見解は、スタートアップ界に激震の走る内容であった。「信託型ストックオプション(以下、信託型SO) ⁼ 給与課税」という取扱が正式に公表されたのである。一方で、スタートアップにとって非常に有利な条件となる、税制適格SO株価算定の新ルールも同時に公表された。

そして2023年7月7日、国税庁によるパブリックコメントを経て、正式な通達が出されることとなった。2023年5月の説明会から特段変更はなく、取引相場のない株式の価額については純資産価額方式により算定して差支えないという内容になっている。

一方で、会計的な留意点も忘れてはならない。以下で経緯から新ルールのポイント、会計面の留意事項まで整理する。

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信託型SOとは

一般的な税制適格SOは、発行時に付与対象者及び付与数を決めて割当を行う必要があるなど要件が厳しく、役職員の採用時のタイミングでどの程度割り当てるべきかの判断が困難であった。加えて、採用のたびに発行する手続きの煩わしさなどから頭を悩ませる経営者が多かった。

こうした声を受け、スタートアップ企業等が使い勝手の良い形に開発したスキームが信託型SOである。

信託型SOとは、発行したSOを信託行為として受託者(信託)に預け、信託期間の満了までプールしておく仕組みだ。業績への貢献度合に応じたポイントを役職員に付与しておき、信託期間の満了時に、ポイント数に応じたSOを事後的に割り振ることを可能にした。

従来の税制適格SOが抱えていた課題である、割り当て判断の困難さや手続きの煩雑さを解消する画期的なスキームとして評価された。実際に、およそ800社もの企業で導入されていたとされる。

国税庁による信託型SOへの見解

信託型SOにおける課税については、売却時に譲渡益として課税(約20%)され、SOの行使時においては課税されないものと解釈されていた。

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この認識が異なり、税務処理は「SOの行使時に給与課税(住民税を含めると最大55%)」であるということが税制説明会において国税庁から明示されたのである。想定していたよりも大幅な増税となることが見込まれたことで、信託型SO導入企業に動揺が走ったという顛末だ。

そのまま信託型SOを維持して給与課税を受け入れるのか、既存の信託型SOを税制適格SOに出し直すか、各企業の状況によって対応を判断していく必要がある。

税制適格SO株価算定の新ルール

一方で説明会では、税制適格SOが発行しやすくなる新たな指針も併せて示され、こちらはスタートアップにとって嬉しい内容となっている。

税法上、税制適格SOの権利行使価額は、SOに係る契約締結時の株価を上回る水準で設定することとされているが、当該株価を財産評価基本通達の方法(純資産価額方式)で算定することを認める旨を明確化した通達改正が行われたのである。

これは、「優先株を考慮した純資産ベースで算出してもよい」という趣旨の内容であり、純資産の水準によっては権利行使価額を1円に設定することも可能になる(次段落にて詳述)。役職員にとっては、上場後に1円で株式に転換して売却できれば、大きなキャピタルゲインを受けることができ、大きなエクイティインセンティブとなることが見込まれる。

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このタイミングで世界でも類をみないレベルの優遇策を出してきた背景には、政府が2022年11月にまとめた「スタートアップ育成5か年計画」がある。

SOについて、算定ルールを中期的に明確化するとしていたが、上述した信託型SOの給与所得扱いの明示により予想される反発の中和を図るべく、国税庁と政府の駆け引きのもと、スピード感のある対応になったと思われる。国としてはスタートアップを支援する姿勢をあくまでも強調した形だ。

純資産価額方式(相続税評価額ベース)による株価算定

前述した新ルールにおいて、税制適格SOを純資産ベースでの株価算定=純資産価額方式を用いて算定してよいということになった。SOの算定に純資産価額方式を用いると、なぜスタートアップにメリットがあるのかを説明する。

純資産価額方式は、会社の総資産や負債を原則として相続税の評価に洗い替えて、その評価した総資産の価額から負債を差し引いた残りの金額により評価する方法だ。

従来、SOの行使に際しては、非上場企業でも株式の売買実例に基づいた価額が税務上の株式評価額と解釈されてきた。この売買実例として、多くの会社では優先株式を含む直近ラウンドのバリュエーションを使用していたため、ストックオプションの権利行使価額も相応に高値になっていた。

今般の改正通達によれば、SOの目的となる普通株式の価額を算出する際、売買実例を考慮せずに純資産価額方式による算出のもと、優先株式の発行価額と大きく差をつけて良いことを明確にしたのである。

純資産価額方式においては、純資産がマイナスの場合、1株あたり純資産価額はゼロとなり、株式価値は1円となる。純資産がプラスの場合においても、発行済みの優先株への優先分配額を差し引いた後の価値ベースでは普通株式の価額はかなり抑えられることになる。

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通常、SOは普通株式へ転換するよう設計されていることから、権利行使価額が低ければ低いほど将来得られるキャピタルゲインが大きくなる。人材確保に実効的かつ強力なインセンティブとなることは言うまでもない。

会計面の留意事項

この通達改正については日本会計士協会から国税庁へ意見書が提出されており、その内容にも注目しておきたい。

意見書においては、「自社株式の評価額」と「行使価額」の差額として計算される「本源的価値」に相当する額を株式報酬費用として費用計上することになる旨が明確に示されている。

そのうえで、この費用は現行の法人税法のもとでは損金不算入(会計上は費用でも、税金の計算上費用として扱えないもの)であると考えられる。則ちスタートアップにしてみれば税制適格SOの該当性を充足するように設定したにも関わらず、実質的に法人税を負担した上で付与することになってしまう点(費用として利益から引かれるのに税負担が発生してしまう点)に問題提起をしている。

この意見書を受けて、国税庁が上記株式報酬費用の損金算入を認める新制度措置へ動くことになるものと推察されるものの、その間に黒字化を見込む企業については利益の見た目が悪くなることや、キャッシュフローに影響が出る可能性があることを認識しておかなければならない。

また、本源的価値の算出においては時価と行使価額の差を出す必要があるため、前回ラウンドからある程度期間が空いている場合には、純資産価額方式の株価算定に加えて、従来通りDCF法などによるバリュエーションも実施する必要がある。

おわりに

今回の通達で明示のあった株価算定の新ルールについては画期的な内容といえる。一方、これまでの実務と大きく乖離している点で、当面は多方面への影響を考慮する必要があるだろう。

既述の会計処理にかかる損金不算入問題に加え、資本政策の策定においても、従来の権利行使価額の水準との兼ね合いで、このまま新ルールを適用していいのか議論を要することになるかもしれない。

当面は各社において、新ルールに基づく評価額やそれに見合った会計処理を考慮しつつ、資本政策方針を改める必要があるだろう。

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