上場維持基準100億円時代、スタートアップはどこへ向かうのか(中編)

上場維持基準100億円時代、スタートアップはどこへ向かうのか(中編)

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KEPPLE編集部
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2025年5月21日から23日、札幌で開催された「B Dash Camp 2025 Spring in Sapporo」。スタートアップ業界のキープレイヤーが全国から集まるこの招待制カンファレンスは、今回も活気に満ちていた。中でもとりわけ注目を集めたセッションが、「スタートアップの成長はどこへ向かうのか」だ。

このセッションでは、コミスマCEOの佐藤光紀氏、野村證券 産業戦略開発部マネージングディレクターの武田純人氏、LINEヤフー上級執行役員の宮澤弦氏、NstockCEOの宮田昇始氏が登壇。モデレーターは、B Dash Ventures代表の渡辺洋行氏が務めた。各氏がスタートアップの今後の成長や戦略、あり方について語り合い、次のフェーズへ進むための議論が展開された。

前編ではスタートアップ市場の変化と評価軸について議論された。中編となる本記事では、上場維持基準100億円や業界再編、資本戦略の行方に焦点を当てる。

維持基準100億円がもたらす影響

渡辺氏:ここで議論をいくつかのテーマに分けたいなと思ってます。まず議論したいなと思うのが、グロース市場の維持基準100億、これまだ確定したわけではございません。ひょっとしたらVCも含めた投資環境ってのはシュリンクするかもしれないし、同時に上場件数も減るかもしれない。 

ただそれによって上場・未上場両方ですけども、おそらくM&Aによる業界の再編がぐっと起きる可能性もおそらく出てくるんだろうなと思ったりしていて。いろんな意見があると思ってますんで、この辺りまず冒頭、武田さんにご意見いただきたいなと思います。

野村證券 産業戦略開発部マネージングディレクター 武田純人氏
武田氏は「M&Aは手段であり、慎重さが必要だ」と強調した(写真右)

武田氏:僕はもう単純にルールというのができるのであれば、もうそこに向かってとにかく突っ走るべきだというふうに思っていて、ものすごく前向きに捉えています。自分が一番期待してるのは、グロース市場に上場してる会社、あるいはこれからのスタートアップの集約のスピードが上がっていくっていうポイントです。

集約の時代へ スタートアップの勝ち筋とは

武田氏:結局インターネットの時代って何だったかっていうと、ある種起業の民主化が進んで、大学院での起業が増えた。佐藤さんの話でなるほどなと思ったのは、起業のスピードがさらに上がると。すると、なおさら今度は宮田さんがおっしゃった、「突き抜ける1社を」作っていくために、集約を何らかの形でやっていかなきゃいけないことが間違いなくきっかけになる。

あと先ほどのバリュエーションの観点で言うとスピード変化率なのか、成長の持続性なのかの両極が大事ですといったときに、前者に関しては必ず上がっていきます。

ただ、1点だけリスクファクターとして申し上げると、スピードが上がるっていう巡航速度もとても大事だと思うんですけど、例えばM&Aとかは逆にカジュアルに話されすぎてるところに怖さを感じていて。M&Aって別に目的ではなくて、手段なんですよ。買ってその会社をバリューアップして、成果を上げて自分の会社を評価してもらう。ここまでワンパッケージなので、これを続けられないと、逆にスピードが上がると失敗が増えたときに、スピードの原則というか、クラッシュってところが長く深くなってしまう怖さを踏まえた上で、100億円ってところは、僕はすごく前向きにアグレッシブに取り組んでいきたいなというふうに思っています。

渡辺氏:怖さって言うのは、業界全体として危うさが?

武田氏:M&Aをみんながやりますと言ったときに、やってそのままそれがうまくいかなかった、失敗したっていう話になると、逆に言うと今度は止まっちゃうんですよ。

渡辺氏:集約ってのはイコール再編だと理解しましたけども。再編、すなわちM&Aであって、それがおそらくギュッと進んでいくだろうと。そもそもM&A自体はそんなに簡単じゃないですけどね。すごく大事だと思うんですよ。上場企業同士も未上場もあると思いますけども、そこが進むと、M&Aしても評価されない場合もあると。

武田氏:失敗例が積み上がってしまった場合、雑にM&Aをやりきってしまった場合のリスクっていうところは、考えなきゃいけないですよね。

渡辺氏: 佐藤さんも、もう相当長い間上場企業のトップでやられて、今スタートアップをまた自分でやられてる立場なんですけども、その観点からいかがですか。

佐藤氏:東証の改革はこれから具体的に出てくるとは思うんですけど、米国がこうだから、シリコンバレーがこうだからっていうのとはまた違う形で変数があると思ってます。

具体的に言うと、基準100億円ですとなると、必ず100億円を割らないようなところにしか投資できませんと。例えばそれは主幹事だったり、監査法人だったり、上場を支援するプレーヤーの方々からして、「割れたらまずいな」みたいな。つまり失敗を許容しづらいから、失敗しそうなところはやめとこうというふうな形で、どちらかというと、より保守的に見ようとなるかもしれない。

コミスマノCEO 佐藤光紀氏
佐藤氏は「出口戦略を見据えた健全な市場づくりが重要だ」と指摘する (写真右)

つまり100億円基準というのは下手すると、300億円ぐらいを目指せる企業でないとダウンサイズ100億円が担保されないみたいな。抽象的に言うと、「失敗の許容」だと思うんですよね。オプトインかオプトアウトという話ですよね。まずやってみて、うまくいかなかったものを修正していくっていうマインドなのか、それとももう確実に上手くいく状況になってからやりましょうというものなのか。

前提としてめっちゃポジティブに捉えてますし、こうなったら嫌だなっていう状態を最初から見据えて、そうならないようにみんなで持っていきたいなっていう別アングルからの見解を話しました。

でも一方でそうなりやすい気質は何かありそうな気がしていて。出口についてもう少し、いろんなシミュレーションをしながら、 関係者の方々の協力でより健全な市場環境になるように持っていく必要があるんだろうなっていうふうに思ってます。

起業家マインドセットはどう変わるのか

渡辺氏:宮田さんは多分違う視点で見られてるなと思ってるんですけど、どうでしょうか?

宮田氏:起業家としてどう思うかみたいな話をしたいと思うんですけど。100億円に維持基準が変わることで、もしかしたら悪い影響を受ける方もいるかなと思ってて。その方の気持ちを考えると手放しで、「賛成です!」とは言いづらいところもあるんですが、ポジティブな側面が私も大きいかなというふうに思ってます。起業家側のマインドセットがスタート地点から変わるなというふうに思っているんですよね。

というのも、私ちょうど10年前の2015年にSmartHRの事業を思いついて、まだプロダクトがなくて、ピッチをしてるタイミングぐらいで、あるVCの方に言われたんです。「これは売上10億はいけそうだね」と。「売上10億あったら50億ぐらいで上場はできますよ、10億目指しましょう」って言われたんですよ。「そうなんだ、売上10億目指せばいいんだ」と思って、売上10億目指した時期が結構あったんですよね。

ただ、「宮田さんそれでは上場後に大きくなれないですよ、機関投資家が入る、少なくとも500億ぐらいの規模を目指さないと、そのまま大きくなると難しいですよ」って助言をしてくれる何人かの方がいて、「売上10億じゃダメなんだ」って。ちょっとずつマインドセットが変わったっていうのがあったんですよね。

この100億っていうわかりやすいバーができることで、特に今から起業する方からすると、最初から「100億は超えなきゃいけないんだ」っていう前提で考えようっていうふうになると、いろんなものが違う状態、もっと高いところを目指した状態でスタートできるので、特に起業家、これから伸ばしていく会社さんにとっては良い影響が大きいんじゃないかなというふうに思ってます。

上場維持の現実と100億円のコスト

渡辺氏:宮澤さんの意見も聞きましょうか?

宮澤氏:上場企業側の目線だと、上場を維持するのは大変じゃないですか。決算発表毎四半期やって。100億切った状態でずっとだと、上場のメリットとデメリットを考えたときにコストも結構かかるし、思い切った意思決定とか時間軸の長い取り組みみたいなのはやりにくい中で、あんまりメリットが享受できないんじゃないかなとは思うので。基本的にはどんな会社も生まれ変われると思ってるんですよ、経営者次第で。

LINEヤフー上級執行役員 宮澤弦氏
宮澤氏(写真左)と宮田氏(写真右)

例えば、マイクロソフトは終わったって言われた時代結構長かったわけですけど、代表が変わって時価総額が10倍以上になっちゃうわけですよね。

どんな会社もそうなる可能性があるっていう中で、ずっと100億を切ってるんだとしたら、本当に上場の負担の方が大きくなっちゃってるんじゃないですかっていうのはあると思うので。こういう物議を醸すようなテーマ設定ってのはたまに起こしていただいて、みんなでいろんな意見を言いあって、どうしたら上に上がっていけるかっていうことをみんなで考えた方が健全なんじゃないかなと思っています。

渡辺氏:そうなんですよね。おそらく100億でもう機関投資家がつくとなった場合に、それでもまだまだ普通に3、400億ないと機関投資家も付いてくれないです。武田さん、上場後グロースの多分7割ぐらいはPOできてませんよね?

武田氏:すみません、正確なパーセントはわからないですけども、極めて低い比率だと。

渡辺氏:多分2、3割ぐらいしかできてないと思うんですよね。そうすると宮澤さんおっしゃってる通りで、何で上場しましたっていう話になっちゃうんですよね。

宮澤氏:声をだからもっと吸い上げた方がいいと思うんすよ。上場のほうがしんどいんだよ。小さいまま上場してるってことの苦労みたいなのは、案外忘れられてるというか、声としてあまり出てきにくいんじゃないかなと。

武田氏:今宮澤さんのお話のところで上場のコストって考えたときに。仮にルールとしてのこの維持基準100億円ってところが発動した場合には、これ自体に対応することが、会社側にとっても逆にさっきの再編をかけるという側の主体にとっても何らかのコストがかかるわけですよね。

それに対してのリターンをどう取っていくのかってところまでちゃんと考えた上で取り組んでいかなきゃいけないなと思うので、そもそもそういう状況にあること自体が潜在的にものすごい経営上のコストを生んでしまっていることを、経営者としては認識すべきなのかなと思います。

渡辺氏:ここまでまとめると100億円のあの基準に関して言うと、基本的にはこれでどんどん進めていってその中で我々自体は変わらなきゃいけないし、変わることに対する支援をしていかなきゃいけない。そんな理解なのかなと思ってます。

宮田氏:100億円維持基準が変わったとして、入口のバーが実質的に引き上がっちゃったよねってなったときに、「いつまでたってもIPOできない、キャピタルゲインが得られない」みたいな問題があると思うんですけど、セットで国側もセカンダリの整備みたいのを急ピッチで進めてくれてまして。去年法改正があって、社員の方がストックオプションを未上場で行使して株に変えれるような法改正が去年あったんですよね。

実は今月5月1日にセカンダリ事業に、我々みたいなスタートアップでも参入できるようになったんです。これまで証券会社さんしか参入できなかったんですけど。セカンダリマーケットのプレイヤーが増えるような規制緩和が実はあったんですよね。

単純にバーが引き上がるだけではなくて、上場までの期間が長くなるっていったときにも、キャピタルゲインを得られるような仕組みみたいのがあって。より長期目線でこの100億を超えていくみたいなことができるような仕組みも同時に整ってきているので、単純にネガティブな側面だけじゃなくて、いいところもあるなというふうに思っています。

上場に頼らない資本戦略 セカンダリ市場の可能性

渡辺氏:セカンダリ市場って盛り上がりますかね。実は私は少し懐疑的なんですよ。未上場のやり取りが実際に行われる想像があまりついてないんですよね。どうでしょう。

宮田氏:セカンダリ一口で言うと、何パターンかあると思います。一つは割安で株が流通するパターン。加えて十分IPOできる水準にある会社が、「もうちょっと未上場でいたい、でも社員や初期メンバーの人たちのエグジット機会を作りたい」みたいなときに、テンダーオファー型っていうんですけど、会社側がこの価格でSOや株を買い取ります、みたいなやり方があるんですよね。

スペースXとかは毎年これやってます。去年のスペースXのテンダーオファーは、1回で1500億円以上ぐらいの株が社員の人たちから買い上げられてます。

めっちゃ伸びてて、IPOの蓋然性も高い、投資家も買いたいような株に関しては、テンダーオファー型みたいなのはできると思ってまして。やっぱり良い株があるから投資家は買いたいと思うんですよ。なのでまずは発行体に使ってもらうために、発行体にとって条件とかルールが良いようなセカンダリーのプラットフォームっていうのは受けるんじゃないかなと思ってまして。

いきなり第三者同士が売り買いするってのはおそらくあんまり入らないと思ってるし、詐欺とかの可能性もあるんで良くないと思っています。まずは誰が見てもIPOの蓋然性が高い発行体から始めていくっていうのがスタートとしてはいいのかなと。

渡辺氏:M&A時においてSOをどうするのかについては、これから細かい議論も多分出てくると思います。つまり、M&Aやらなきゃいけないよねってなったときに、SOを持ってる人をどうしたらいいんですかっていう。この辺の議論を整理していただけますか?

NstockCEO 宮田昇始氏
宮田氏は「M&A時に備えてストックオプション契約条項の見直しが不可欠だ」と述べた(写真右)

宮田氏:M&Aのときにネックになるのが1個あって。契約書によっては「M&A時は社員のSOを没収します」となってる契約書が実は雛形として結構出回ってたんですよね。

SmartHR社も初期に使ってたストックオプションの契約書の雛形ってM&Aで没収だったんですよ。1回SmartHR時代にかなり条件が良いM&Aのオファーが来て、DDまで進んで悩んだときがあったんですけど、社員の方のSOが全部消えるっていう条件になってたんで、これは受けられないと諦めたことがあったんですよね。

数字は正確じゃないんですけど、日本のスタートアップで発行されているストックオプションの大体半分ぐらいは、その条項が入っているんですよ。

これは見直しておかないと、いざM&Aのオファーが来た時に、出し直しって難しいんですよね。税制適格ストックオプションを行使できれば2年とかかかったりするので。その条件も踏まえて、M&Aのときに税的なメリットも社員の方に渡しながらみたいな感じだと、なるべく早めにこれは見直された方がいいなというふうに思ってます。

もう一つが、むしろM&Aをすることが、経営陣にとっても嬉しいようなインセンティブを付与すること。M&Aのアクセラレーションという条項があるんですよね。 M&Aになったときにはまだべスティングしてない、権利確定してないものも前倒しで権利確定させますよみたいな条項を改めて付与した方がいいんじゃないかという議論もありまして。

例えばレイターステージに入ったCFOの方が有償ストックオプションとかで、まだべスティング進んでないから、今M&Aされたら自分が困るというっていうインセンティブ設計になっててM&Aに踏み切れないみたいなのが起こり得るんですけど、アクセラレーションのように「権利確定が前倒しで進む」という条項を入れるだけでスムーズに進みやすくなったりするんで、むしろVCからスタートアップに「M&Aのときも踏まえてその条項を見直しておいた方がいいよ」とかは、やられておいた方が良いと思います。

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