VALANCE株式会社

契約書や見積書、納品書といった社内データを整備するには、これまで手入力や紙での管理に多くのコストがかかっていた。従来のSCM(サプライチェーンマネジメント)システムを導入しようとしても数千万円から数億円を要する上、操作の習熟に時間がかかるため、中小企業にとって導入のハードルが高かった。
こうした状況がAIの到来によって、大きく変わろうとしている。VALANCE株式会社はファイルをアップロードするだけで社内データを自動整備し、経営情報をリアルタイムに可視化するAI駆動型のSCMシステムを開発している。
2025年7月に同社を創業したのは、元freee専務執行役員の渡邉俊氏(代表取締役CEO)と、連続起業家の山口公大氏(取締役COO)。二人に事業や今後の展望について聞いた。
やることは「データを上げるだけ」。AIが変える基幹システムの形と中小企業の未来
──事業について教えてください。
渡邉氏:私たちは、中小企業向けのAI駆動型ヘッドレス※SCMシステムを開発しています。分かりやすく言うと、中小企業の社内データを整備して、そのデータをAIで活用することで新しいビジネスの創出や既存ビジネスの発展に繋げられるサービスです。
※ユーザーが操作する画面(フロントエンド)を持たず、システムの中核となる機能だけを提供する方式のこと
主なターゲットセグメントは、モノを管理する業務が発生するあらゆる中小企業です。具体的には、製造業、卸売業、小売業などになります。
社内には様々なデータが散在しています。契約書、見積書、納品書といった紙で保存されている証憑類や、業務マニュアルなどですね。そういったデータを手入力や紙媒体で管理していると、間接業務のコストがかかりますし、従業員が書類にアクセスするために時間をかけて検索しなければいけないという課題があるんです。そういったコスト・課題を、AIが自動でデータを管理・生成することで軽減できます。基本的にはファイルをアップロードしていただくだけで、会社の基幹データが管理・生成され、容易に検索できるようになる仕組みです。
──具体的にはどのような課題を解決することができますか。
渡邉氏:経営管理の観点で重要な資源は、基本的にはヒト・モノ・カネに分かれると思います。私たちが注力しているのは、モノの管理です。どのくらい調達してどのくらい販売したらどのくらいの粗利で儲かるか、という点はビジネスの本質ですが、この粗利が、私たちのSCMシステムを使うと限りなくリアルタイムに把握できるようになります。
例えば、ある商品を100万円で売っている。しかし、今はインフレ傾向なので、調達サイドのコストをちゃんと見ていないと、これまで50万円で調達してたものがいつの間にか70万円になっていることがあります。つまり20万円の利益がなくなっているわけです。私たちのSCMシステムを使うことで、リアルタイムに経営情報が扱えるようになるので、中小企業の利益が最適化される。インフレになったとしても価格調整の意思決定がしやすくなるんです。
──従来のSCMで中小企業の課題をカバーできていなかった要因は。
渡邉氏:一つはコストの課題です。年間数千万から数億円ほど投資すれば、従来のSCMシステムは構築できる。ただ、中小企業がいきなりその金額を投資するのはキャッシュフロー的に難しい判断です。我々はAI駆動で開発コストを圧倒的に圧縮しているので、これまでのサービス提供価格と比較し10分の1ほどで同等のサービスが提供できます。
もう一つは、システム導入後もオペレーションが分からなかったり、難しいシステムを扱わないと実現できなかったという背景があります。従来のシステムは、初めて使う人からすると、機能と使い方を覚える必要があり、それなりに習熟コストがかかっていました。ファイルをアップロードするという簡単な作業しか必要としない点は、我々のサービスの強みです。

──月間の工数はどのくらい削減できるのでしょうか。
渡邉氏:100人規模の企業であれば、データの入力作業が減ることから、1か月あたり少なくとも1~2人分の工数が削減できると思います。それに加えて、情報にリアルタイムにアクセスできるようになり、検索時のコストも削減できますね。一般的に従業員は1日平均20分ほど検索に時間をかけていますが、この20分が約1分に短縮されるため、仮に従業員数が100名で平均給与が400万円として試算すると、年間2000万円ほど削減できることになります。1ヵ月あたり約3~5人分の給与相当のインパクトは出ると思います。
──想定されている市場規模は。
渡邉氏:まず、経済センサスのデータから中小企業は約180万社あります。そして、サプライチェーンにおける基幹システムは、1社あたり年間100万円以上投資してもROIがある領域です。さらに、会計ソフトほど価格がコモディティ化されて価格競争になるマーケットではなく、競争環境はそれほど激しくありません。少なくとも、日本においては1兆円程の市場規模だと考えています。
また、私たちのサービスの価値は労働力不足の課題に対して大きな効果を発揮します。中小企業の平均給与は400万円程として、1人分の業務を行えるだけで、サービスの価値としては年間400万円程になる。約180万社のうち半分のシェアを獲得すると、約4兆円。2人分の労働力を担えるのなら8兆円です。
今まではソフトウェアのリプレイスだけの狭い市場でしたが、これから労働力がさらに減少する中、AIが様々な業務を代替していくことを考えると、市場規模は大きくなっていくと見ています。
今だからこそできる、中小企業に起こすイノベーション
──創業された背景を教えてください。
渡邉氏:前職ではfreeeという会社で働いていました。freeeもターゲットは中小企業で、「スモールビジネスを世界の主役に」というミッションを掲げていました。私もそのミッションに共感してチャレンジしてきましたが、どうしてもマーケットシェアが取り切れない葛藤がありました。
日本の産業においてざっくり7割はモノを扱うビジネスです。モノを扱わない3割のマーケットにおいては、SaaSはどんどんシェアを取ってきました。この3割のマーケットは、この20年、30年ぐらいのインターネットバブルに乗って発展してきた無形ビジネスの企業で、SaaSにとっては親和性が良い領域でした。ただ残りの7割は、モノの管理を求めていました。
そこに私は大きな課題感を持っていて、日本の産業や中小企業に対して本当に価値あることができたのかと振り返った時に、やり残したことが沢山あると思い、自分で創業してそこにチャレンジしたいと思ったのが起業の背景です。
中小企業からこそイノベーションは起こると、私は信じています。大企業は自己資本もあるし優秀な人たちも集まる。本当に課題を抱えているのは中小企業で、ここにアプローチすることで将来的に産業が発展して日本の国力が上がると思っているので、私はこの領域にこだわっています。
──お二人の出会いは。
渡邉氏:山口は大学時代のサッカー仲間で、先輩後輩の関係でした。卒業してからも3年に1回ほどの頻度で会っていました。起業のアイデアを話すと、たまたま彼も同じようなことを考えていたので、「じゃあ一緒にやってみよう」と。
山口氏:今回のAIの波は、インターネットやスマートフォン登場によるシフトに匹敵するトレンドだと思っています。特に、AIによって、SaaSが対応できる領域が格段と広がっていると思っています。
従来、SaaSは、会計、労務、採用のATS(候補者管理システム)など、どの会社も同じような作業を行っている業務について同じフォーマットのサービスを提供していました。ソフトウェアが「この型に当てはめて業務をしてください」と指定して、ユーザーがそれに合わせる必要がありましたよね。
しかし、今やAIが個々の会社の状況やニーズに配慮した型にハマらない部分の処理を行ってくれるようになったので、SaaSの対応できる範囲が広くなりました。AIによってソフトウェアができることの最定義ができそうな領域に事業のチャンスがあると考えていたときに、渡邉の話を聞き、「中小企業×AIは可能性があるので、一緒に本気でやりましょう」という話になりました。
AIで労働力不足を補完し、世界で戦える企業群を生み出す
──今後の事業展開について教えてください。
渡邉氏:私たちのサービスは、日本の中小企業における、今まで散在していたデータのデータセットを完成させます。そのデータセットが完成したら、大きく二つの展開可能性があります。
一つ目は、複数フォーマットで保管されていたデータの基盤が標準化されることで、ほかの業務のオペレーションやアプリケーションも簡単に作れるようになる点です。例えば画面の仕様やデータ収集時の自動化など、我々の上流にあるアプリケーションレイヤーのカスタム開発や他システムとの連携などがこれにあたります。

二つ目は、経営管理のデータベースが完成すると、事業性評価と資金調達プロセスが容易になる点です。例えば、事業推進のために金融機関から10億円の融資を受けようとすると、決算書の提出など審査の手続きで3カ月〜半年程かかってしまいます。また、在庫や設備機械などを担保にしようとすると、手続きが煩雑で金融機関側の審査コストも高い。そこで、金融機関に容易に、リアルタイムに情報を提供できる仕組みを構築することで、審査コストを下げ、スピーディーな資金調達を実現できると考えています。金融機関側も今まで資金提供のリスクが高いと思っていたところに対して、実はリスクが低かったと分かり、新しいビジネスチャンスが生まれると思います。
──今後の海外展開は。
渡邉氏:我々はスタートアップであり、経営資源が有限なので、まずは日本で取り組みを進めたいと考えています。
ただ実は、私たちのプラットフォームは海外でも使えるんです。例えばChatGPTやGeminiはAI駆動で動くので、日本語英語翻訳がすぐにできる。言語障壁自体がありません。
海外展開で唯一ボトルネックになるのは法規制です。会計ソフトだと法規制に引っかかるので海外展開は難しいですが、私たちのサービスはあまり法規制にかからない領域なので、将来的には比較的容易に進出できると思っています。
──資金調達の予定と、今後連携したい投資家は。
山口氏:実は7月の立ち上げ以降、Delight Venturesさんをリードとした、プレAラウンドが概ね終了いたしました。向こう1年半程で一気に事業拡大および採用を行い、その後にシリーズAを目指していますね。私たちのサービスを日本を支える中小企業にできるだけ多く届けていきたいので、そういった企業の成長にコミットされている投資家の方に協力していただけたらと思っています。また、今後も急速な成長を目指していくので、次回ラウンドを待たずに、VCやCVCの方々とも今後お話ししていきたいです。
──今後、中長期的に実現したいことは。
山口氏:これから数年でAIの時代はさらに前に進むと思っていて、AIを活用した事業成長やAIトランスフォーメーションを実行できるかによって、3~5年後どういうポジションにいるかが大きく変わるはずです。我々のプロダクトを通じて、クライアント企業がAI活用企業のフロントランナーになり、事業を推進している状態を作りたい。そしてその未来は、今の時代の速さだと、3~5年のスパンになってしまうと思ってるため、スピード感を持って事業を行わないといけないと思っています。
渡邉氏:実現したいのは、日本のスタートアップ・中小企業から世界で戦える企業がどんどん増えることです。それが私が最も実現したい世界です。
日本は人口が減っていき、一般的に考えたら経済のGDPは下がる。欧米や中国と比較したら、世界で戦える企業の数もそれと同時に減ってきています。ただ一方で、人口が減っている分、AIの活用の余地は大きい。人口が増えているところでは、AIと人間が労働力の奪い合いになってしまいますが、日本は労働力が下がっているところにAIを使えるので、ビジネスにおいて親和性が高い国です。今まで培ってきた技術力を活かし、労働力をAIで補完して、世界的な企業になる。そういった世界でも戦える企業が、どんどん我々のSCMを活用して出てくる世界を作りたいと思っています。








