世界的に高齢化が進展しており、世界の人口に占める65歳以上の割合は、2022年の10%から2050年には16%に増加するとの予想もある※1。高齢者人口の増加に伴い、介護が必要な高齢者も増加しており、介護施設や在宅介護をはじめとした介護サービスの需要が今後も拡大することが予想されている。
日本の介護市場
国内の高齢者介護サービスの市場規模は、2022年度時点で11.8兆円と見込まれ、2027年度は13.5兆円に達すると予測されている※2。日本の総人口に占める高齢者の割合は、上昇し続けており、総人口のうち、65歳以上の人が占める割合を示す高齢化率は2023年に29.1%となり、過去最高を記録した。これは世界で最も高い割合である※3。今後も高齢化率の上昇が予測されており、介護業界は成長市場と考えられている。
介護サービスの需要が高まると予想される一方、介護業界の人手不足は深刻であり、日本国内の介護人材は2019年から2025年度まで毎年5万人規模で不足するという試算がある※4。介護人材の不足により、子どもによる親の介護や老老介護といった問題が深刻となっている。介護サービス業界では人材不足に対応するためM&Aが活発化している。M&Aにより、買収側にとっては売却側の人材や施設をそのまま引き継ぐことで人材不足やサービスの弱みを補うことができ、売却側にとっては、大手の傘下に入ることでより安定した経営が可能となる。そのため、待遇改善が期待でき、介護スタッフの定着につながる。教育事業や老人ホーム運営を行う学研ホールディングスは、認知症患者への対応強化を目的とし、2018年に認知症高齢者向けのグループホームを運営するメディカル・ケア・サービスを子会社化した。
また、異業種からの参入を目的とした買収も行われている。特に有料老人ホームは介護サービスに対する自治体の負担軽減、在宅介護の推奨などを目的とした総量規制によって新規開設が難しいため、大手企業がすでに介護事業を展開している企業をM&Aによって取得するケースが多いとされている※4。日本生命は介護付有料老人ホームや訪問介護サービスを運営するニチイホールディングスを2024年6月に買収したことを発表した。生命保険会社は国内人口の減少により加入者増加があまり見込めないため、新たな収益源を求め参入したと考えられる。
人材不足に加え、社会保障費や介護費用が膨らんでいることも問題となっている。社会保障給付費ベースの介護費用は2000年度の3.3兆円から2023年度予算では13.5兆円と、約20年で4倍以上急増しており、2040年度には25.8兆円に膨らむと試算されている※5。そのため、事業モデルの見直しやICTやロボットをはじめとする新技術やプロダクトの導入により、従来コストを削減できるソリューションが求められている。例として介護施設での高齢者の歩行、移乗、入浴などをアシストする介護ロボットなどが挙げられ、2013年から経済産業省と厚生労働省により開発重点分野に指定されている※6。
需要の増加や人材不足など様々な要因に影響される介護業界だが、事業者やサービス利用者に特に影響を与えるのが介護報酬改定である。介護報酬とは、事業者が利用者に介護サービスを提供したときに、事業者に対して支払われる報酬である。時代や社会の変化にあわせ、介護サービスの種類ごとに適切な金額を決める必要があるため、3年に1度改定が行われる。
2024年の介護報酬改定率は、介護職員の処遇改善や制度の適正化を図り+1.59%の引き上げとなり、過去2番目に高い改定率となった※7。改定概要では、介護職員の賃上げに加え、施設や在宅でのリハビリテーション提供体制の強化や、介護におけるICTの活用推進、科学的介護の推進などが明言されている。科学的介護とは科学的根拠に基づき要介護者の重症化防止・自立支援を進める介護のことを指す。『LIFE』とよばれる厚生労働省が運営するデータベースの活用が2021年から進んでおり、介護施設で行われているケアの内容や利用者の状態などを登録し、フィードバックを得ることができる。これまで介護スタッフの経験則に頼っていた現場でも、全国から集められたデータに基づく分析が行えるようになるため、ケアの向上につながるとされている。これまでDX化が遅れていた介護業界でもICTの活用が進みつつあり、『LIFE』と連携しデータ入力の負担を軽減できる介護ソフトウェアや、高齢者見守りシステムなどの分野でスタートアップが参入しやすい状況になりつつあるといえる。
世界の介護市場
世界的にも介護業界は成長市場と考えられており、投資家の注目を集めている。高齢者介護サービスの市場規模は2023年に11億8,000万米ドルと推計されている。年平均成長率(CAGR)6.22%で推移し、2030年には18億1,000万米ドルに達すると予測されている。主に高齢者の慢性疾患の有病率の上昇や在宅ヘルスケアサービスへのシフトといった要因により成長を遂げている※8。加えて、パンデミックにより介護のデジタル化が進み、AIを活用した遠隔見守りシステムや介護士と高齢者のマッチングアプリといった新たなサービスが拡大し、そうしたサービスに対する認知度が向上したことも成長を後押ししている※9。
特に米国では1946年から1964年の間に生まれたベビーブーマー世代が続々と退職年齢を迎えることが ”Silver Tsunami” とよばれている。2024年にはベビーブーマー世代の最も若い人々が60歳を迎えるため※10、今後も高齢者層の増加に伴い需要の増加傾向が予想されている介護業界に多くのスタートアップが参入し始めている。
また、日本以外のアジア諸国でも介護市場の拡大が見込まれている。東南アジアやインドなどでは高齢者の面倒を家族が見るという文化が根強かったが、高齢者人口の増加、若者の都市部への流出、女性の社会進出といった要因により、国や民間による老人ホーム開設や介護サービスの導入が進みつつある。
例えば、シンガポールでは、2050年には総人口の約3分の1を高齢者が占めることが予想されており、介護サービスの整備が急務となっている※11。特に高齢者見守りシステムをはじめとするテクノロジーを活用する分野や、高齢者住宅・老人ホームなどの高齢者向け施設の分野で成長が見込まれている。
また、インドの高齢者人口は2050年には約3億人となり、中国に次いで世界2番目の多さとなることが予想されている。高齢者向けのケアサービスの需要拡大を見込み、在宅介護や老人ホームといった分野でスタートアップの市場参入が進んでいる※12。
カオスマップと注目企業
本カオスマップでは、介護関連事業を14種類のカテゴリーに分け、ケップルの独自調査で選定した国内外の注目企業151社をスタートアップを中心に掲載している。以下、各カテゴリーを紹介する。
マッチング
本カテゴリーには、介護者と高齢者をマッチングし、高齢者の日常生活をサポートするサービスを運営する国内企業を6社、海外企業を8社分類している。
国内の介護業界の代表的なサービスは、介護保険を利用して受けられる介護保険サービスだが、近年は保険外サービスに力を入れる企業が増加している。介護保険サービスは厳格な利用基準があるため、サービス内容や利用条件に制限があるが、保険外サービスでは、介護保険の範囲内で対応できない家事や散歩の付き添いといったサービスを行うことができる。近年は働きながら介護をする人々も多いため、介護保険サービスと比較し利用料が割高であるが、柔軟な対応ができることから需要が高まりつつある※13。クラウドケアは、介護保険では対応できない幅広い内容の介護をサポートするヘルパーと高齢者のマッチングサービス『Crowd Care』を運営している。日常生活全般のサポートに加え、カラオケや映画館へ付き添うサービスや、話し相手になるサービスなど高齢者の余暇や趣味を充実させるサービスも行っている。2024年5月に野村不動産グループと連携し、野村不動産グループが取引している顧客やオフィスビル入居テナントの従業員が『Crowd Care』を割引料金で利用できる取り組みを開始したことを発表した。
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※1 United Nations 「Ageing | United Nations」
※2 みずほ銀行産業調査部 「アウトカム改善と生産性向上の実現に向けたB2B市場が創出されつつある」
※3 総務省統計局 「統計からみた我が国の高齢者」
※4 M&A総合研究所 「介護業界のM&A動向!会社売却のメリットや成功のポイント・事例25選を徹底解説【2024年最新】」
※5 日本経済新聞 「介護費用20年で4倍、伸び突出 保険料・自己負担上げへ」
※6 厚生労働省 「介護ロボットの開発支援について」
※7 みずほリサーチ&テクノロジーズ 「第6回(ヘルスケア編):令和6年度介護報酬改定と多死社会の到来に向けた介護保険外サービスへの期待」
※8 株式会社グローバルインフォメーション 「高齢者介護サービス市場| 市場規模 分析 予測 2024-2030年 【市場調査レポート】」
※9 FasterCapital 「Caregiving Startup Funding: Investment Trends in Elderly Care Startups」
※10 Investopedia 「‘Silver Tsunami’: Challenges & Opportunities of an Aging Population」
※11 YCP Solidiance 「2022年のシンガポールの高齢者ケアサービス」
※12 アイ・シー・ネット株式会社 「インド:高齢者ケアサービスに参入するスタートアップ企業は技術力に課題を抱え、日本企業との連携に期待」