ノバセル株式会社
2025年5月21日から23日、札幌で開催された「B Dash Camp 2025 Spring in Sapporo」。スタートアップ業界のキープレイヤーが全国から集まるこの招待制カンファレンスは、今回も活気に満ちていた。ひときわ盛り上がりを見せたセッションが、「AIが事業成長を加速させる」だ。
このセッションでは、グリー 取締役 上級執行役員の荒木英士氏、ノバセル 代表取締役社長の田部正樹氏、メルカリ 執行役員・メルコイン 代表取締役CEOの中村奎太氏が登壇。モデレーターは、スパイクスタジオ 代表取締役COOの佐野宏英氏が務めた。前編では、各社内で生成AIを用いて、いかに業務効率化や新規事業創出を進めているかが語られた。後編では、企業のAI導入のリアルを深掘りし、クリエイティブ領域や法務業務、さらには経営判断まで広がる活用事例を通じて、AI時代における組織づくりと競争優位の在り方に迫る。
AI活用の第一歩は個人から—現場主導で変えた組織の意識
佐野氏:実際、中のチームとか体制みたいなところって、どういう状態からスタートして、ここまで至ったんですか?
田部氏:基本はAIって使いこなせる人は使うんですけど、やっぱりまだまだクライアントも中小企業も大手の人も、マーケティング業界も基本的には触ってないですよ。プロンプトも書けない。
社内でAI活用を進めようとした際も、セキュリティ面の懸念や全社導入時のコスト懸念が壁となりましたね。そのため、まずは自分自身が実践して「AI活用で業務がこれだけ効率化できる」ことを具体的な成果で示すことから始めました。
具体的には、1回僕が自分で全部AI武装して、1個1個の業務を効率化していく。例えば広報はプレスリリースを書くわけなんだけど、もうプレスリリースなんてAIが書いた方が確実に早い、だから仕事なくなったね、みたいなことを僕は1個1個やってました。
ただやはりハードルもあって、明らかに便利なんだけど使わないって人もいるんですよね。やっぱり自分の否定になっちゃうじゃないですか。これまでやってきたことも。それはやっぱりすごい気持ちはわかるので、丁寧にやらないといけないなと思います。いきなりというよりは。
クリエイティブから法務まで—AIが支える業務最前線と組織変革
佐野氏:もう1個事例として、特にクリエイティブの面とか画像の話が出てくるかなと思って、荒木さんお願いします。
荒木氏:グリーの荒木です。グリーの子会社のREALITYでもハンズオンとして代表もやっています。新規事業を作りつつ、フロントを作り、最近はメタバース、XR系に携わっています。
REALITYは、スマホでアバターを作り、ライブ配信ができるアプリを提供しています。現在若年層を中心とした2000万人が利用しているサービスです。そのうちの70%が海外ユーザーです。
社内でのAI活用事例を説明します。ChatGPTでカスタムGPTを作れると思うんですけど、新しい機能を作ったりする際に、大量の法務審査、契約レビューなどの業務が必要です。社内で実際に法務の人たちが使っている審査用のガイドラインをChatGPTのプロンプトに入れて、事前に相談でき、法務申請の前段階までAIが行うという工程で、効率化とコスト改善をしています。
また、クリエイティブ系の仕事では、数百種類以上のアバターIPを作成し、テーマごとに膨大な業務が発生します。デザイナーは、画像生成AI「Midjourney」を活用し、特に二次元やアニメ系のイラストを効率よく作成しています。以前はデザイナーが自らイラストを描いたり、ラフスケッチをしたり、参考写真を集めて作業を進めていました。しかし、現在ではテキストプロンプトや参考項目を入力するだけで、全身のキャラクターデザインが簡単に生成できるようになり、作業が格段に効率化されています。
また、四半期決算説明会の音声文字起こしと英訳を行い、音声読み上げをした動画をアップロードしています。これを海外向けのIR活動に活用しています。
企業で生成AIを活用するには、ボトムアップとトップダウンの2つのアプローチがあります。ボトムアップは、社員が使える環境を整備し、活用事例を共有することから始めます。グリーグループでは、社内でGPTを使えるチャンネルを作り、社員同士で使い方を共有しました。一方、トップダウンは経営層がAIのインパクトを見極め、現場で業務改善を進める方法です。
佐野氏:メルカリも結構ボトムアップに近いイメージでアプローチされてますか?
中村氏:基本ボトムアップもあるし、似てるかもしれないですね。トップダウンという意味では、アイデアベースでいけるだろうというところは差し込んでいく。CSなど最初から明確に見えていた部分は、リソース調整とかしてます。各部署の人たちがある程度専門的にそこを代表して動いていくみたいな指導を誰がやるのかを決めて、各領域ごとにそれぞれ自分たちの仕事の棚卸をやって、そこの中でAI化ができるものを探るということは、ボトムアップとしてはやっている感じですね。
佐野氏:聞いてくださっている皆さんにメッセージも込めて、戦略や組織、次に何をやっていけば良いのかなどをお話したいと思います。
中村氏:個人の生産性をベースにした組織づくりや体制づくりは、このAI時代において変わっていくと考えています。AIを事業戦略に取り入れることは簡単ではなく、特に長年にわたる事業や既存のソースコードがある場合、その実装には相当の難しさが伴います。しかし、人にしかできない仕事の生産性を向上させることが明確にできると、それを変えていくことができると思います。まずは今できることから順にAIを導入し、それを組織構造に反映させながら、生産性向上に向けて進んでいくことが重要です。
荒木氏:AIが生み出す新たなビジネスチャンスもあると考えています。過去にモバイルシフトが起きたように、AIを基盤にした新しいサービスや事業が出てくるはずです。スマホが登場した際、最初はPC向けサービスの外出先利用が便利というだけでしたが、その後、スマホ前提のビジネスが広がり、革命的な変化をもたらしました。AIも同様に、今後はAIを前提とした新しいサービスが登場し、成し遂げられなかった事業が実現する時代が来ると感じています。
田部氏:AIが作れないものに価値があるという考え方も重要だと思っています。例えば、土地や物理的なアイテム、チラシや紙に記載されたもののような、アナログ的なものにはAIでは再現できない価値があります。また、人の思い出や記憶などもAIでは作れません。だからこそ、AIとそれに対抗するような「作れないもの」を掛け合わせることが重要だと感じています。
上場企業がAIを使って「コストカットできました」と言っても、実際にはまだそこまで進んでいないのが現状です。私たちがまずやるべきことは、AIによって数億円のコスト削減を実現し、そのインパクトを社内に示すことです。それを基に、マーケティング領域でコスト削減を図り、さらにそれを販売していきたいと考えています。
佐野氏:ありがとうございました。生成AIの導入が、業務効率化だけでなく、経営判断や組織設計、サービス開発にも影響を与えることが明確になったセッションでした。今後の進化と活用に注目です。