オンライン時代の採用活動に「リアリティのある情報」を――Toursの挑戦

リモートワークをはじめとして多様な働き方が定着した現代において、社員同士のつながりを再構築する手段として海外で注目されているのが「コーポレートオフサイト」。普段の職場を離れて全社員で合宿などを行い、チームの結束を高めるイベントのことだ。
そのオフサイトの企画・運営を一括でサポートするのが、アメリカ・サンフランシスコ発のスタートアップ、Retreat Technologies(以下、Retreat)。企業の目的や予算に応じて、開催地や会場の選定から当日の運営まで、専門プランナーが伴走する。
そんなRetreatが新たに挑むのは、ホテル業界の業務課題だ。オフサイトを支援する中で、「ホテルから見積もりが届かず、会場が確定できない」と悩むクライアントの声に数多く触れてきた。業界全体が抱える非効率なオペレーションを前に、同社はAIを活用した見積もり自動化の新規事業を立ち上げる。
これまで米国を中心に事業展開してきたRetreatだが、この新サービスは日本市場にも展開していくという。訪日外国人の急増でホテル業務の負担が増す中、見積もり対応の効率化ニーズは高まっている。
グループトラベルの課題に顧客側・事業者側両方から取り組むRetreatの挑戦について、COOを務めるジャック・タダミ氏に話を聞いた。
―― コーポレートオフサイトについて教えてください。
タダミ氏:パンデミック以降、リモートワークが一気に普及し、都市部のオフィスが空になる現象が起きました。人々は地元に戻ったり、旅をしながら働いたりと、働き方が多様化したんです。
企業にとっても、高賃金の人材を都市部に集める必要がなくなり、「パフォーマンスが良く、コストの低い人材を世界中から採用する」という考えが浸透しました。一方、社員が物理的に同じ場所にいないので、企業としての一体感が保てなくなるという新たな課題も生じました。コミュニケーション量が減ると、エンゲージメントが下がってしまうんです。
この課題を解決する手段として注目されたのが、「コーポレートオフサイト」や「コーポレートリトリート」。普段の職場を離れて全社員が一堂に会し、合宿やワークショップを行うことです。企業の理念を共有し、結束を深める機会として定着しました。社員旅行や単なるイベントではなく、米国では「新たな働き方の一種」として捉えられています。
ただ、こうしたイベントの企画・運営を担うのは、多くの場合HR担当者です。彼らに話を聞くと、「本来の業務に集中できず、気づけばイベントプランナーのような役割に追われていた」という声が少なくありませんでした。予算管理やスケジュール調整、現地手配など、未経験の業務に戸惑う担当者が多かったんです。
そこで私たちは、イベント企画・運営を専門のプランナーが支援する仕組みにニーズがあると確信し、Retreatを立ち上げました。
―― 具体的にどのような支援をするのでしょうか。
HRがオフサイトを企画する際にまず直面する問題が、「どこで開催するか」ということ。多国籍な社員を雇用している場合だと、全社員が入国できる国が限られているケースも少なくありません。また、「どの日程なら会場が空いているのか」「どの会場が条件に合うのか」といった情報を調べるのも大変です。いまだに会場に一本ずつ電話をかけて確認する必要があって、大きな手間と時間がかかってしまうんです。
Retreatでは、そうした情報収集から手配、予算管理までを一括で代行し、目的地や日数をもとに最適な会場を提示、見積もりも迅速に作成します。予算内での実現可能性を重視しつつ、イベント成功にもつなげる、というバランスは意識しているところです。
オフサイトの企画は数か月かかることがほとんどです。内容によっては100人規模で1億円を超えるケースもあり、それだけ大がかりなプロジェクトなので、弊社のイベントプランナーとクライアントの相性も成功の鍵となります。クライアントごとに適したプランナーをマッチングすることで、円滑な連携と高品質なイベント運営を実現しています。
―― 新規事業として、ホテルの課題を解決するサービスも提供開始します。
イベント企画を支援する中で、私たちはクライアントがある問題に直面するのをよく目にしてきました。それは、「予算も日程も決まっているのに、見積もり依頼を出したホテルから返信が来ないため、会場を確定できない」という状況です。
その結果、全体のプランニングが前に進まず、案件自体が停滞してしまうことが少なくありませんでした。原因を探っていくうちに、こうした遅延の背景にはホテル側のオペレーションに根本的な課題があることが見えてきました。現場の業務がひっ迫しており、見積もり依頼が届いても対応にまで手が回らない。そうしたケースが非常に多かったのです。
この課題に対処するため、私たちはパキスタンにチームを設けました。毎日、クライアントが見積もりを希望するホテルに電話をかけ、あわせてメールでも見積もり依頼の連絡をするんです。しかしそれでも返信はほとんど来ない。ホテルの部屋に空きがあったとしても対応しきれていないのです。
ビジネス利用の宿泊は宴会場やバーの利用も発生するので、一般の宿泊客よりも単価は高くなります。見積もり提示の遅れはクライアントのオフサイト企画が遅れるだけでなく、ホテルにとっても収益機会の損失につながっている現実が浮き彫りになりました。
つまり、グループトラベルに関する課題は、企業側だけでなく、ホテル側にも存在しているんです。こうした両面の課題を解決するには、企業側の支援にとどまらず、ホテル側の業務フローそのものを見直す必要がある――そう考えた私たちは、業界全体の流れを根本からスムーズにするための新規事業を立ち上げることを決意しました。
―― 具体的な事業内容は。
一言でいうと、AI見積もりエージェントです。ホテルに寄せられた見積もり依頼に対し、AIが自動で見積もりを生成します。ホテル側にとって一番のペインポイントは、大量の見積もり依頼に対応しきれず、機会損失が発生していること。そこで、100%のレスポンスレートと、見積もり回答のスピード向上をAIで実現させます。
また、メールや電話、ウェブサイト経由だったりとさまざまなチャネルから見積もり依頼が寄せられていて、人手だけでは管理が煩雑になってしまいます。チャネルコントローラーを作成することで、寄せられた見積もり依頼を一元管理し、ホテルの基幹システムとも連携することで業務の効率化も図っていきたいと考えています。
―― アメリカを中心に一部ホテルではすでにサービス提供を開始しています。
実際にプロダクトを利用したお客様は「本当にAIでここまでできるのか」と驚かれます。「仰天だ」と。これまで人手で行っていた煩雑な見積もり作業を、自動でしかも即座に処理できる点に対して、「手間が大きく減った」「営業対応が楽になった」といった感動の声をいただいています。
グループトラベルの領域は、ホテル業界の中でもこれまでほとんどイノベーションが起きてこなかった分野です。クライアントごとにニーズが異なるため、DX化やシステム化が難しいとされてきた背景があります。
しかし、個々の要望に応じた柔軟な対応は、むしろAIの得意分野でもあるんです。私たちのAIエージェントは、その柔軟性を活かして、ホテル業界に新しい流れを生み出していけるのではないかと感じています。
―― 競合優位性についてどのように考えていますか。
私たちがやりたいのは単なるシステムのリプレースではありません。便利なシステムを提供するのではなく、「必要なシステムにアクセスして見積もりを出す」一連の業務を代替しているんです。そういう意味では、見積作成のサービスはあっても、さまざまなチャネルから来た見積依頼を、AIで対応していくようなサポートを提供しているのは今のところ当社ともう1社のみです。
我々がターゲットとしているのは、フルサービスホテルとよばれる、カンファレンスルームやスパ、ジムがあるような大きなホテルです。ホテル数としては、世界に30万軒程度。各ホテルをポートフォリオとして抱えるマネジメント会社を1社抑えれば、それだけでも多くのホテルに導入が進むことを考えると、スピード感が非常に重要になってくる。そこで我々がこれまで培ってきた、イベントプランニングのノウハウが活きてくると思います。
――AIエージェントの事業は日本でも展開を予定しています。
オフサイト支援の観点では日本では社員旅行の文化が強く、コーポレートオフサイトのニーズがあまり大きくはなかったことを背景に、積極的な日本進出は進めてきませんでした。
一方で、見積もりの課題については日本も同じ悩みを抱えていた。むしろ、インバウンドで旅行客が増えて言語の問題もある分、さらに課題が深いともいえます。すでに大型ホテルでも導入を進めていたりと、日本のホテルや旅館にも積極的にサービス展開していく予定です。
――今後の意気込みをお願いします。
まずは、実際に現場で活用される見積もり作成プロダクトとして、さらに磨きをかけていきたいと考えています。将来的には、過去のデータを活用し、「どの見積もり案件が成約につながりやすいのか」といった傾向を可視化する機能も加え、よりお客様の利益を高められるサービスへと進化させていくつもりです。
私たちが目指しているのは、ホテルで働く人々が、本来担うべきホスピタリティに集中できる環境を整えることです。1960〜70年代の日本のホテル業界は海外にも積極的に進出していて、海外のホテルに日本の国旗が掲げられている光景も見られました。いまでは、多くの日本のホテルが海外資本に買収される時代です。それでも、日本の「おもてなし」の精神が世界に誇れるものであることに変わりはありません。マニュアル通りではなく、目の前の一人ひとりに思いやりをもって接する柔軟な姿勢——それこそが私たちの考える「おもてなし」であり、これは日本ならではの文化です。
その精神を、私たちはテクノロジーの力で世界へ広めていきます。見積もりや事務処理に追われる時間を削減し、もっと現場でお客様と向き合える時間を創出する。その積み重ねが、「人の温かさが伝わるホテル」を世界中に増やすと信じています。
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