先進国における労働力不足や新興国の人件費高騰、AI技術の進化などを背景に、さまざまな分野でのロボティクス化が進んでいる。製造業界や物流業界のほか、商業施設でのサービス提供にもロボットの導入が求められており、そのニーズは多様化している。
デロイトトーマツミック研究所の調査によると※、サービスロボットソリューション市場はEC需要や人手不足を背景に運搬ロボットの需要が増加している。2023年度は341億9000万円で対前年比131.9%となる見込みで、2023年度以降は年平均成長率27.4%増で推移すると予測している。また、1台のロボットでさまざまな機能をこなせる多機能ロボットへの期待も高まっているという。
このように、ロボット活用が加速する中、ロボット遠隔支援サービス「HATSプラットフォーム」を開発・提供する東京大学発のスタートアップ、株式会社キビテクが第三者割当増資による8.1億円の資金調達を実施したことを明らかにした。
今回のラウンドでの引受先は、JICベンチャー・グロース・インベストメンツ、Spiral Capital、ディープコア、FFGベンチャービジネスパートナーズ、三菱UFJキャピタル、ココナラスキルパートナーズ、新生ベンチャーパートナーズ、みずほキャピタル、未来創造キャピタル、シンク・アイ ホールディングスの10社。
今回の資金調達により、プロダクト開発と人材採用の強化、ラボスペースの拡充を目指す。
「半自動化」技術でロボット導入を促進
キビテクは、2011年に東京大学の人型ロボット研究室JSK(情報システム工学研究室)出身者を中心に創業した、知能ロボットやロボット遠隔制御サービスの開発を行う企業だ。
同社は10年以上に渡り、ロボット開発の受託事業を行ってきた。大手事業会社のさまざまなニーズに応じてロボット開発を手がけ、開発実績は100件以上に上るという。受託開発によって培われてきた知見や現場適用技術を活かし、あらゆる現場の「ロボット化」に役立つシステム群「HATSプラットフォーム」を開発した。
HATSプラットフォームは、人間のオペレータが遠隔で現場の異種・複数ロボットの動作を補完する制御サービスだ。例えば、ロボットが予期せぬトラブルで進行できなくなった場合に、オペレータは状況を判断し、効率的にロボットへ指令を与える。これにより、頻繁にロボットの停止が起きやすい、自動化難易度の高い現場でも、人がロボットを適切に補完することによってロボットを有効に活用することができる。いわば「半自動化」技術だ。また、ロボット導入効果の推定や、現場への適用のための労力削減もHATSプラットフォームを用いたサービスの特徴である。これらによりロボット導入の敷居を下げられるという。
HATSプラットフォームの特徴(画像:キビテク提供)
同社は、これまでなかなかロボット導入が進んでこなかった多くの現場にサービスを提供することにより、人手不足問題の解消を目指す。将来的には、海外にも遠隔操作のオペレーションセンターを設立し、発展途上国での雇用創出にも貢献することを計画している。
今回の資金調達に際して、代表取締役CEO 林 まりか氏に、今後の展望などについて詳しく話を伺った。
ロボット導入の障壁となっていたイレギュラー対応
―― これまでロボット導入においてはどのような課題がありましたか?
実際の現場では、完全にロボットによる自動化を実現することは難しく、まだまだ導入が進んでいません。産業ロボットの活用が一番進んでいるとされる工場などでも、作業の中で自動化されているのは10%未満です。
また、ロボットを導入し、もしイレギュラーな状況が発生すれば最終的には人間が対処しなければなりません。そのため、人件費が削減できないケースもあります。さらに、トラブルの発生は予測できないため、事前に導入効果を見積もることが困難です。その結果、なかなかロボットの導入が進まないという課題がありました。
画像:キビテク会社紹介資料より掲載
―― 受託開発を中心に事業展開されていた御社が、HATSプラットフォームを開発された背景とは?
さまざまな受託開発を手がける中で、多くの企業で適用可能な自動化システムの需要が高いことに気づきました。
また、6年前に出産し、事業の方向性を再考する時間がありました。社会的な価値が高く、より意義のある事業を作りたいという思いを抱いたことが、HATSの開発に至ったきっかけの一つです。
具体的には、先進国の生活を豊かにするだけでなく、発展途上国でのより深刻な社会問題にも取り組みたいと思いました。他国に移住することなく遠隔で働く機会を増やすことができれば、発展途上国の雇用創出にも寄与できるのではと考えたのです。発展途上国の人々が先進国の産業に参加することで、人材開発にも貢献できるよう、遠隔制御システムのHATSプラットフォームを開発しました。
受託開発で培ったシステムインテグレーション能力
―― 御社のサービスが普及した先の社会のメリットについて教えてください。
HATSプラットフォームの普及により、ロボットの導入ができる現場が増えることで、工場や倉庫などでの人手不足問題が解消できます。さらに、これまで自動化できなかった難易度の高い現場でも、自動化を実現することができ、効率性や安全性が向上します。
また、発展途上国にロボットの遠隔操作センターを立ち上げて、遠隔で働ける仕事を提供することで、雇用の機会を増やすことも可能となります。これにより、途上国の経済発展が促進され、技術の普及や教育の機会が増えることで、持続可能な経済成長にも貢献できると思っています。
―― ロボット開発に取り組む企業は国内外に複数ある中で、御社の技術の優位性について教えてください。
私たちは、さまざまな種類のロボット開発経験と多数のメーカーとの実績を持っており、応用範囲が広いです。そして、遠隔制御を中心としたシステムインテグレーション能力が高く、どのような設計でも迅速に対応できる柔軟性があります。また、単発のロボット開発にとどまらず、仕様提案や保守・メンテナンスなど導入の前後の工程も含めて提案できるのが当社の強みです。
代表取締役CEO 林 まりか氏
AIによる高度化と発展途上国の雇用創出への挑戦
―― 調達資金の使途について教えてください。
今回の調達資金を活用し、プロダクト開発と人材採用の強化、さらにラボスペースの拡充を計画しています。
採用面では、2年以内に35名のエンジニアチームを約20名増員し開発力を強化していきます。また、営業も現在は少数精鋭で業務にあたっているので、倍くらいの組織にしていきます。また、出資いただいた事業会社との連携を深め、メーカーやSIerなどとのアライアンスを構築し、お互いに利益をもたらす関係を築くことを目指しています。
さらに、共同研究や受託開発で培ったロボット技術をパッケージ化し、ロボットの導入から運用・保守までを包括的に提供する仕組みをつくります。これにより、人間の労働をロボットで代替できる可能性を広げ、人手不足などの課題を解決することを目指します。
―― 今後の長期的な展望を教えてください。
まずは、HATSプラットフォームの機能拡張と、事業会社とのアライアンスの強化に注力します。
今後は、ロボット制御機能の改善や、遠隔作業から得られるデータを利用して、AIによる作業の効率化、完全自動化を検討しています。これにより、ロボットの導入から長期的な運用まで、幅広い提案やサポートが可能になります。
現場でロボットを稼働しながら蓄積される試行錯誤のデータは、他では得られない貴重な情報です。これまで培ってきたさまざまなロボット開発の知識や経験を活かし、このデータを利用して将来的には他の領域のロボットにも応用し、さらなる自動化を進める計画です。
また、近い将来、発展途上国などで、オペレーションセンターをつくり、遠隔就労の機会を増やしていく予定です。
他社のロボット開発を担ってきた企業は稀であり、また、ロボットと人間の協調による半自動化技術が私たちの強みです。私たちのビジョンに共感してくれる方々と、この先進的な技術をさらに発展させていけるチームを築いていきたいと考えています。
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※ デロイトトーマツミック経済研究所 『サービスロボットソリューション市場展望 2023年度版』