日本は少子高齢化に伴い、あらゆる業界で人手不足が叫ばれて久しいが、特に深刻な問題を抱えているのが小売業界だ。2022年7月に日本経済新聞が発表した小売業調査結果によると、国内の小売企業の35.3%が2021年度に必要な人員を充足できなかったと回答した。
遠隔操作・人工知能ロボットの開発で、小売業界の人材不足解決に挑むのが、Telexistence株式会社だ。同社はこのたび、シリーズBラウンドにて約230億円の資金調達を実施したことを明らかにした。
今回のラウンドでの引受先は、Monoful Venture Partners、KDDI Open Innovation Fund、Airbus Ventures、ソフトバンクグループ、Foxconn、Globis Capital Partners の6社。
また、ソフトバンクグループの子会社であるソフトバンクロボティクスグループと北米およびその他地域でのロボティクス事業推進を目的とした戦略的な事業提携に合意したことも発表した。
今回の資金調達により、北米での事業展開、ロボット生産インフラの整備、人材採用を進め、小売業界・物流業界における労働力不足の解消や省人化の実現を目指す。
場所を選ばずどこでも導入可能なロボット
同社は、東京大学名誉教授、舘 暲氏によるテレイグジスタンス(遠隔存在)の研究をもとに、CEO 富岡 仁氏らが共同創業者として2017年に創業。ロボットの設計・製造・運用までを自社で行い、場所を選ばずにどこでも導入可能なロボットの開発を行う。AIと遠隔操作ソフトウエアを組み合わせることで、これまでロボット導入が難しかった小売業界や物流業界に向けた、労働力としてのロボット活用を推進する。
特にコンビニでの陳列などの単純作業をロボットに置き換えることを目指し、開発を進めている。2021年11月に発表した遠隔制御ロボット「TS SCARA」は、コンビニの狭いバックヤードでの飲料補充作業に最適化した設計と、独自のAIシステム「GORDON」により24時間自動制御で稼働。1日最大1000本の飲料を補充することが可能だ。
また、物流業界向けにも、他社製協働用ロボットアームとAGV(無人搬送車)に自社の人工知能・遠隔操作技術を組み合わせ、移動を伴う作業や、異なる場所で稼働することが可能なロボットの開発を行っている。事業化を目指し、ニチレイロジグループやセンコーとの実証実験を進めている。
2022年8月には「TX SCARA」の国内量産を開始し、ファミリーマート店舗での導入をスタートさせた。主要都市圏を中心に300店舗への展開が進んでいる。
今回の資金調達に際して、CPO 石川 史氏に、今後の展望などについて詳しく話を伺った。
人材不足が深刻化するコンビニ業界
―― 小売業界や物流業界にはどのような課題がありますか?
石川氏:小売業界や物流業界は、製造業などと比べて産業用ロボットの導入が進まず、人手不足が大きな課題となっています。
特に人材不足がより深刻化しているのが、今や重要な社会インフラのひとつであるコンビニ業界です。パンデミックの影響で多くの仕事がリモート化される中、コンビニなど小売業界ではリモート化が進まなかったこともあり、私たちはその課題解決に注力しています。
また、コンビニは、店舗数も多く店舗の造りもほぼパターン化されていることから、一つのモデルのロボット開発でスケールすることが期待できると考えたことも、コンビニにフォーカスした理由のひとつです。
―― 御社の技術的な強みについて教えてください。
ハードウェアを自社で製造できるという点が大きな特徴です。通常、ロボットを作る際にはロボットアームなど必要な部品をロボット製造メーカーから購入し、カスタマイズして統合作業を行い、目的に合わせたソフトウェアを組み込んで販売することが一般的です。
しかし当社では、目的を絞って独自のシングルパーパスロボットを一からワンストップで作ることに重点を置いています。これにより、コンビニ業界など特定の領域に特化したロボットを提供することが可能になりました。
また、ソフトウェアの面では、AIと遠隔操作技術を組み合わせたハイブリッドインテリジェンスを実現しています。独自の高速映像伝送技術により、操作しやすいロボットの開発が実現しました。通常のインターネット環境があれば、どこからでもつながり遠隔でロボットを動かすことができます。
このように、ハードウェアとソフトウェアの開発におけるほぼ全てのプロセスを自社内で行うことができる技術力が、当社の強みです。
自社運営のコンビニ店舗でオペレーションを熟知
―― 御社の開発技術を事業化できたポイントについて教えてください。
コンビニ向けのロボット開発を考えた際、コンビニ店舗のフランチャイズオーナーとして経営をはじめ、現場でのオペレーションに関わる知識や課題を徹底的に社内に取り入れたことが、最大のポイントです。
製品開発や事業開発に直接関わりのないメンバーも含め、ほとんどの社員が現場での作業を経験しています。私自身、実際に店舗運営に携わってみて、バックヤードの5℃の冷蔵庫で飲料の在庫を陳列棚に並べる作業がいかに大変かということを身をもって体験しました。
現在も、自社で複数店舗の運営を続け、リサーチを進めながらロボット開発に活かしています。
―― プロダクトを開発・事業化される中で、課題となったのはどのような点でしたか?どのように克服されてきたかを教えてください。
コンビニのバックヤードは、人が一人やっと歩ける程度の狭い空間です。そのような制限されたスペースで、在庫の棚から商品を取り出し、陳列棚に並べるという人間の動作を完遂するために、ロボット開発には高い技術力が求められました。さらに、このようなロボットを安価に製造するという点も、非常に大きなチャレンジでした。
ロボットを適切に動かすためには、さまざまな技術領域の専門性が必要です。1つの要素が欠けても、ロボットは目的の動きを実現することができません。
世界中から優れたメンバーが集まった当社の開発チームは、それぞれの領域の専門知識を持ちながらも全員が全体像を意識し、チーム一丸となって目標に向かって進むことができているのが開発・事業化できた重要な要素だと考えています。
―― 御社の技術、プロダクトが普及した先のメリットについて教えてください。
コンビニ運営において、省人化と労働環境の改善を実現できます。たとえば、冷蔵庫内での作業は寒さによって、従業員の負担も大きく健康に影響を及ぼすことがあります。しかし、ロボットの導入によって省人化が進められることで、従業員は人間にしかできないクリエイティブな仕事に集中することができます。その結果、お客様対応や最適な店舗作りなどに時間を割くことができ、消費者にとってもより良い購買環境を提供できると考えています。
労働力の置き換えで、よりよい社会構造へ
―― 今回の調達資金により、どのような取り組みを加速されるのでしょうか?
小売業界において、同じく深刻な人材不足を抱えている北米への展開を進めます。日本のコンビニとは、店舗の規模や構造、物流の仕組みなどが異なるため、新たなロボットの開発が必要です。
事業拡大には大量のロボット生産が必要となるため、生産インフラの整備も計画しています。ソフトバンクロボティクスグループやFoxconnとの事業提携により、新規マーケットにおける事業開発、オペレーション確立、さらには生産技術の確立と量産を進めます。
また、研究開発段階から本格的な事業拡大フェーズへと移行するにあたり、さまざまな職種の採用が急務となっています。オペレーション、製造、サプライチェーン、コールセンターやカスタマーサクセスなど、多岐にわたるポジションに人材が必要です。30名ほどの採用を進め、組織体制を強化します。
―― 今後の展望について教えてください。
商品を陳列する、物を運ぶといった作業は、重労働で身体的な負荷がかかるにも関わらず、社会インフラを成り立たせるうえでは必要不可欠です。そして、慢性的な人手不足により働き手が長時間労働に陥っているのが現在の社会構造だと思います。
それらの労働力をロボットに置き換えることにより、働く人々はよりクリエイティビティが必要な仕事に注力することができるようになります。先進国はどの国も間違いなく同じ課題に直面しているので、そのような労働社会の構造を私たちの技術により変えていきたいと考えています。そして、労働力の置き換えで新たに生まれたリソースを、よりよいかたちで再配分していける社会にしていくことに貢献していきます。
それが私たちのミッションであり、そのために今後もロボット開発を推進していきます。
Telexistence株式会社
Telexistence株式会社は、遠隔操作・人工知能ロボットの開発およびそれらを使用した事業を展開する企業。 同社の提供する小売店舗向け商品陳列業務遠隔操作AI(人工知能)ロボット『TX SCARA』は、AIによる自動制御と人による遠隔操作技術の組み合わせにより、小売店舗内での飲料補充業務を行うロボット。ネット環境があれば、従業員はロボットを通じて店舗内の商品陳列業務を遠隔から行える。また同社では、ハードウェア、ソフトウェア、自動化技術を一貫して自社で開発しており、店舗作業分析システム『TX Work Analytics』を併せて導入することで、各時間帯における業務の作業時間を可視化・分析することが可能。
代表者名 | 富岡仁 |
設立日 | 2017年1月23日 |
住所 | 東京都中央区晴海4丁目7番4号 |