歯科業界向け受発注サービス「DELTAN ORDER」などを展開するDeltanが5億円の資金調達を実施したことを明らかにした。
今回のラウンドの引受先は、グローバル・ブレイン、FFGベンチャービジネスパートナーズ、鈴与など。
Deltanは、ヤフーでPayPayの立ち上げなどを手掛けた井上 佳洋氏が2019年に設立。歯科医師と連携し、歯科矯正サービスを提供する事業でスタートした。2023年には、歯科医院から歯科技工所への受発注を一元化できるSaaS「DELTAN ORDER」をローンチ。業務DXが遅れていた歯科業界で、データ連携を可能にする仕組みづくりに取り組み、口腔内スキャナー「神樂」 など歯科製品の開発・販売も手掛ける。今回の資金調達により、歯科DX領域での新サービスの開発加速を目指す。
代表取締役の井上氏に、DELTAN ORDERの特徴や今後の展望について詳しく話を伺った。
独自の「仮想API」で、歯科医院からの受発注を一元化
――事業について教えてください。
井上氏:全国に約7万件と言われる歯科医院を中心とする歯科業界向けに、業務のDXを支援するサービスを提供しています。現在、事業展開の核となっているのは、歯科治療に使われる詰め物やインプラントなどの製作を担う歯科技工所と歯科医院の間の受発注を効率化するSaaS「DELTAN ORDER」です。
――DELTAN ORDERについて詳しく教えてください。導入前後で、歯科医院や歯科技工所のオペレーションはどう変わるのでしょうか。
詰め物などを作る際、従来の一般的なフローでは、歯科医師は石膏で患者の歯型を取り、口腔内の写真を撮影して、画像を入れたUSBと歯型を歯科技工所に送付します。指示書は別途FAXやメール、LINEなどで送られることもあります。こうした煩雑さが災いし、現場では受注確認の抜け漏れも起きています。
最近は石膏で歯型を取る代わりに、口腔内スキャナーを使って3D歯型データを取得するケースも増えてきました。口腔内スキャナーは2024年6月から保険点数の追加が認められるようになり、急速に普及が進んでいます。これを使う場合、歯科医院と歯科技工所は各メーカーがスキャンデータの授受用に設けているクラウド上のUIを利用できますが、アクセスには専用のPCが必要。歯科技工所側は歯科医院から別途受け取った指示書と照らし合わせながら、専用PCを立ち上げ、データをダウンロードしなくてはなりません。
――口腔内スキャナーの導入で、歯科医院のオペレーションは簡素化される一方で、歯科技工所側のオペレーションの改善にはつながっていないのですね。
その通りです。歯科業界にはデータ共有という概念がなく、メーカー各社によるAPIの公開も行われていないことが背景にあります。そこで当社では、メーカー各社のシステムからデータを抽出し、DELTAN ORDERの画面からアクセス可能にする仕組みを立ち上げ、運用しています。言わば仮想のAPIを独自につくっており、ここに大きな設備投資がかかることが他社から見た参入障壁にもなっています。
DELTAN ORDERを使えば、歯科医院側は指示書作成と写真画像や3Dデータを含む関連データの管理をすべてクラウド上で実施でき、歯科技工所側も一括でダウンロードが可能。従来、約3時間かかっていた歯科技工所の受注確認作業を約15分に短縮でき、「受注漏れで、患者さんの来院時に詰め物が間に合わない」事態も防止できます。
海外展開も視野に、歯科DXのサービス拡充へ
――なぜ歯科医療という専門性の高い領域で起業されたのでしょうか。
私がこの領域に関心を持ったのは、自身が大人になってから矯正治療を受け、うまくいかなかったことがきっかけです。むしろ嚙み合わせが悪くなったため担当医師に伝えたところ、即座に「返金しましょうか?」と言われて驚きました。歯科医師でもそうした間違いがあると知り、自らよりよいサービスを提供したいと考えたのです。米国の先行ビジネスが伸びていたこともあり、Deltanは当初、月額制の矯正サービスでスタートしました。
矯正サービスはユーザー数、契約医師数共に順調に伸びたものの、この事業は契約医師の技量がサービス品質を左右する部分がどうしても大きくなります。急速に規模を拡大するのはリスクが高いと気づきました。その頃、歯科医院の開業プロデュースも手掛けた中で、歯科業界にはDXを阻む課題が山積していることを知り、現在の事業にピボットした経緯があります。
専門性の高い領域だけに、ここで成功できれば他の業界でも「バーティカルな課題をITで解決する」事業を展開できるという思いもあります。歯科業界で成功したITスタートアップはまだまだ少なく、やりがいの大きなチャレンジです。
――今回調達した資金の使途を教えてください。
メインは採用強化です。ソフトウェア開発のエンジニアとセールスを中心にメンバーを増やし、現在の30名規模から来年秋頃には60名規模まで拡大したいと考えています。
出資会社との協業を通じた事業拡大にも取り組みます。今回、事業会社は2社に出資いただいており、このうち鈴与さんには医療機器の物流や認可取得でサポートいただく想定です。
――今後の展望を教えてください。
グローバル展開に成功した日本発SaaSはまだ少ない中、歯科業界向けSaaSなら言語や文化の壁が低く、海外の医師にもサービスのよさが伝わりやすい。日本の歯科医療自体が進んでいることもあり、海外でも歓迎される可能性は十分です。私はヤフー時代、「日本一のサービスをつくりたい」と考え、実際にPayPayを立ち上げることができました。次に目指すのは「世界一のサービス」です。
一般に歯科業界向けサービスは、歯科医院の診療時間外にしか営業できないことがネックになりがちですが、DELTAN ORDERは歯科医院と歯科技工所の双方がユーザーになるため、後者にアプローチをかけられる強みがあります。SaaS上に蓄されていく受発注データも、当社の大きな財産です。このポテンシャルをフルに活用し、日本そして世界の歯科業界を変える業務DXサービスを続々投入していきます。