3Dプリント義足を提供するインスタリム株式会社がシリーズBラウンドにて、第三者割当増資と銀行融資等による総額9億円の資金調達を実施したことを明らかにした。
今回のラウンドでの引受先は、JICベンチャー・グロース・インベストメンツや三菱UFJキャピタルなど8社。融資における借入先は、日本政策金融金庫と大和ブルーフィナンシャルだ。
今回の資金調達によりウクライナやインドネシアへ事業展開し、2026年以降のIPOを目指す。
低価格の3Dプリント義足を途上国中心に提供
義足はそれぞれの体に合わせて最適な形状で作る必要があるため、義肢装具士の医学知識と技術力が求められる。アナログな加工法で手作りしているために、出来上がるまでに時間もかかり高額になる。発展途上国では、義足を購入できないで社会復帰が阻まれてしまうこともある。
インスタリムは、内製した専用の3Dプリンターや設計用ソフトウェアを活用して3Dプリント義足の製造を行う。同社の3Dプリント義足は、従来品と遜色ない品質を保ちながらも、短納期・低価格で提供できる点が特徴だ。所得水準の低い途上国でも義足を利用できることで、下肢切断をした人の早期社会復帰に貢献する。
インスタリムの3Dプリント義足を調整している様子(写真:同社提供)
フィリピン、インドではすでに2800本以上の3Dプリント義足を提供した。今後はウクライナやインドネシアをはじめ、その他世界各国への展開も計画もしている。
2023年度には、同社の義足製造ソリューションをライセンス提供する事業を開始。すでに大手義足製造組織への3Dプリンターの納入実績もあり、ライセンス事業を通じた義足提供数の拡大に注力する。
今回の資金調達に際して、代表取締役CEO 徳島 泰氏に、今後の展望などについて詳しく話を伺った。
義足がなければ社会復帰できない途上国のリアル
―― 御社が解決に取り組む課題について教えてください。
徳島氏:世界には、義足や義手などの義肢装具を購入できない人々が約9000万人もいると言われています。義足を必要としているのはそのうちの約4000万人です。
下肢を切断する理由の約8割は、糖尿病性壊疽などの血管系疾患が原因です。糖尿病は無症状で進行するため、定期的な健康診断がない開発途上国においては、気付かないうちに脚が壊死することによる下肢切断が発生してしまいます。糖尿病に罹りやすい傾向にあるアジアの中進国では、義足の需要が特に高まっています。
義肢装具は非常に高額です。適切な技術を持つ作り手も多いわけではありません。義足は筋肉や関節など、それぞれの身体的な特性に合わせて作る必要があります。そのため機械的に大量生産することが難しいのです。開発途上国や中進国では、このような専門家を育てる社会的リソースが不足しています。
―― 創業のきっかけを教えてください。
元々発展途上国の医療に興味があり、フィリピンでJICAの青年海外協力隊として活動していたことがあります。3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル製造機器を、現地に設置するプロジェクトを行っていました。
当時は3Dプリンターがまだ珍しく、政府関係者などがよく視察に訪れることも珍しくありませんでした。その際に、「この技術で義足を作ってみてはどうか?」という声を多くいただいたことが、現在の事業に至ったきっかけです。
開発途上国では義足を持たない下肢切断者は珍しくない(写真:インスタリム提供)
義足がなければ、肉体労働者は社会復帰できないというのが途上国の現実です。しかしながら、誰もが給料の何倍もする義足を購入できるわけではありません。治療を受けたとしても義足がなければ仕事には就けず、稼げなければ家族の厄介者になってしまう。こうした考えから、治療をせずに放置している労働者は少なくないということを知ったんです。
このような悲惨な状況を少しでも解決したいとの強い思いから、インスタリムを設立しました。
―― 3Dプリント義足を事業化する上で苦労した点はありますか?
品質管理には苦労しました。3Dプリンターを使って、患者それぞれの特性に合った設計をしなければならないので、製造条件も全て同じという訳にはいきません。それに、材料や3Dプリンターの制御によって、強度が10倍以上変わることもあるんです。
そのため、義足を設計するのに専用の設計ソフトが必要になるのは勿論ですが、ソフトで作られたデータを製造するには、義足のデータを出力することに最適化された材料やハードウェアも必要になります。これらを外部から調達するのではなく、自社で並行して開発することは決して簡単ではありませんでした。
ものづくりスタートアップとして世界へ
―― 調達資金はどのように利用するのでしょうか?
基本的にはフィリピンや、事業展開して間もないインドでの事業を黒字化するまでの運転資金として調達しています。また、ライセンス事業を軌道に乗せていくための事業開発も主な目的です。ライセンス事業ではすでに契約実績も5件ほどあり、当社ソリューションの利用率を高めていくことに注力しています。加えて、2024年度にはウクライナとインドネシアへの事業展開も計画しています。
―― ウクライナへの事業展開について詳しく教えてください。
当社の事業を知った国連関係者から、ウクライナにも義足の需要があるとの連絡を頂いたことが今回の事業展開や支援のきっかけです。私自身、実際にウクライナを訪れて病院や義肢装具の製作所に話を聞きに行きました。
ウクライナでは義足の製造に必要な材料は足りている一方で、職人の多くが国外に避難をしたり、兵役についたりしています。戦禍により増加する義足需要に対して、供給がまったく足りていない現状です。
国連との連携や、日本政府との連携によるウクライナ支援も決まりつつあります。義足を届けるだけでなく、その製造技術を伝えることでウクライナにおける義足産業の発展を促進する支援も行っていく予定です。
―― 今後の展望を教えてください。
5年後にはアフリカや中南米まで事業範囲を広げ、必要とするすべての人々に義足を提供していきたいと思っています。
当社は、ものづくりで世界標準・デファクトスタンダードを取り得る、数少ない日本のスタートアップだと自負しています。一方で、ものづくりであるからこそ、当社だけで取り組むには成長速度に限界があります。研究開発や販路開拓、ロジスティクスなどの分野でご協力いただける事業会社と共に協力関係を築きながら歩んでいきたいと思います。