スタートアップエコシステムの関係者の多くにとって、2024年はAI技術の進化に関する話題に事欠かない年となっただろう。資金調達環境においては、欧米市場が冷え込む中、対前年で落ち込んだ2023年から回復し、実績のあるスタートアップに資金が集まる傾向が見られた。
KEPPLEでは、2024年の振り返りと2025年の展望について、スタートアップ投資家複数名へのアンケート調査を実施。今回は、2005年にジャフコ(現・ジャフコ グループ)に入社以来、幅広い業種やステージの企業への投資・EXIT経験を有し、特に医療・ヘルスケア、エネルギーなどの領域で社会課題を解決するスタートアップへの投資に注力するチーフキャピタリストの沼田 朋子氏の回答を紹介する。
資金調達手段の拡大がスタートアップの追い風に
――2024年を振り返って、最も印象的だった出来事を教えてください。 (例:注目されたビジネスモデル、生成AIの勃興、政策・規制など)
2024年は生成AIへの関心がさらに高まるとともに、その実用化が急速に進んだ一年でした。大手IT企業や研究機関だけでなく、多様な業種のスタートアップがAIをサービスやプロセスに積極的に組み込むことで、既存の事業モデルを大きく転換させる例が目立ちました。AIは、単なる技術革新にとどまらず、より実践的なビジネスの中核となりつつあると実感しています。
またスタートアップ同士のM&Aが増加したことも印象に残っています。いわゆるロールアップ戦略によって、同業界や補完関係にある企業を買収・統合し、開発リソースや顧客基盤を結集する動きが活発化しました。こうした動きは市場の競争を激化させると同時に、大企業と同等以上の存在感を示すスタートアップが増える可能性を秘めています。
――2024年の調達環境の変化をどのように捉えていますか?課題や気づきがあれば教えてください。
2024年は生成AIなどの注目領域に、国内外の投資家から多額の資金が流入したことが大きな特徴でした。また、開発投資で赤字が続くようなディープテック領域においても、内閣府や経産省(NEDO)による補助金や支援策が拡充され、資金調達の幅が広がりました。加えてエクイティだけでなく、返済条件が柔軟なベンチャーデットによる資金調達事例が増加したことも特筆すべき点です。
さらには、未上場企業と上場企業の間の資金調達の空白を埋める動きとして、クロスオーバーファンド(編集部注:公開株と未公開株の両方に投資するファンド形態)のような動きが出てきたのも印象的でした。成長ステージに応じた多様な資金調達手段が徐々に拡充されてきており、スタートアップ間の資金調達の競争が激しくなる一方で、調達の選択肢自体は広がってきたと感じています。
――2025年に注目するセクターとその理由を教えてください。(海外トレンドや国内の動向なども含めて)
引き続き個人としてはディープテックやヘルスケアの領域に注目しています。ディープテック領域では、量子コンピューティングや先端材料技術など、海外でも大規模投資が進む分野で国内でも様々なスタートアップが立ち上がっています。また、日本政府が新国家戦略「GX2040ビジョン」を掲げ、成長志向型カーボンプライシングを段階的に導入していく方針です。脱炭素領域のスタートアップへの支援策も拡充されていく見込であり、この領域で有力なスタートアップが立ち上がることを期待しています。
ヘルスケア領域では、高齢化が進む日本において遠隔医療やデジタルヘルスの需要が一層増大し、予防医療や医療現場の効率化が急務となっています。またゲノム解析や創薬プラットフォームなどの技術革新は海外からの投資マネーも呼び込みやすく、世界的な人材獲得競争の中で日本発ベンチャーが存在感を示す好機となるでしょう。これらのセクターは研究開発コストや規制ハードルが高い反面、成功した場合の社会的インパクトやマーケット規模が大きく、長期的な成長エンジンとなり得る点も注目ポイントです。
――2025年の資金調達環境について、どのような見通しを持っていますか?また、スタートアップが備えておくべきポイントは何だと思いますか?
ここ数年で設立されたファンドのドライパウダー(待機資金)はまだまだあり、ベンチャーデットや助成金など調達手段も多様化されていることから、スタートアップが資金獲得しやすい環境は当面続くと思います。このような環境下では、スタートアップが調達した資金をいかに有効に配分して、成果を出していくかがポイントになると考えます。手元に資金が潤沢にあると、どうしても投資の規律が緩みがちになり、成果に結びつきにくい出費が増える傾向があります。経営として常に「この投資を今やるべきなのか」「この投資により何年後にいくらの利益を出していくのか」を自問していく必要があるでしょう。VCなどの外部の目を活用するのも手だと思います。
――「スタートアップ育成5か年計画」発表からの2年を振り返り、2027年度に国内で10兆円規模の投資額を実現するうえでの課題や、必要なピースは何だと思いますか?
「スタートアップ育成5か年計画」が発表されてからの2年を振り返ると、大型ファンドの設立やCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)の活発化など投資環境の整備が進んでる一方で、2027年度に10兆円規模の投資額を実現するには、更なる投資資金の呼び込みが必要です。その一つとしては海外投資家の呼び込みが考えられます。そのためには、グローバルで1000億円以上の事業規模を視野に入れられるようなスタートアップを増やしていく必要があります。
また、スタートアップが上場後もスムーズに追加資金を調達し、企業価値を一段と高められる環境を整えることも重要です。IPO後も革新的な研究や事業への大きな投資を継続しやすい枠組みができ、新興上場企業の成長が加速すれば、海外投資家の未上場企業に対する関心も高まり、国内の投資マネーとの相乗効果で規模の拡大が加速するでしょう。