スタートアップエコシステムの関係者の多くにとって、2024年はAI技術の進化に関する話題に事欠かない年となっただろう。資金調達環境においては、欧米市場が冷え込む中、対前年で落ち込んだ2023年から回復し、実績のあるスタートアップに資金が集まる傾向が見られた。
KEPPLEでは、2024年の振り返りと2025年の展望について、スタートアップ投資家複数名へのアンケート調査を実施。今回は、三菱地所株式会社で成長産業の共創を目指すCVC「BRICKS FUND TOKYO」を企画し、運営をリードする橋本 雄太氏の回答を紹介する。
ディープテック分野の支援強化に期待
――2024年を振り返って、最も印象的だった出来事を教えてください。 (例:注目されたビジネスモデル、生成AIの勃興、政策・規制など)
2024年は、やはり生成AIの急速な普及と民主化が印象的な1年でした。様々な事業がAIを前提としたものとなり、AIに言及しないスタートアップに出会わない日は無かったという印象です。当社のCVCである"BRICKS FUND TOKYO"のご出資先であるLayerX社は、そうしたトレンドの先頭を走る1社と言え、企業の幅広い業務プロセスにAIを組み込んでいくことに成功しています。同じくご出資先のIVRy社は、対話型音声AIによる電話の自動応答などをプロダクトを飲食店やホテルに提供しており、深刻な労働力不足を解決しています。また、大企業やスタートアップによるM&A・ロールアップ戦略の浸透も印象的なトレンドでした。SaaSをはじめとして、シングルプロダクトを提供していたスタートアップが、他社の買収によって顧客やプロダクトを拡張し競争力を強化していく動きが顕著となった1年でもあったと思います。
――2024年の調達環境の変化をどのように捉えていますか?課題や気づきがあれば教えてください。
2024年のスタートアップ資金調達総額は減少傾向にある一方、元メルカリ日本事業責任者の青柳氏が立ち上げたタクシー・ライドシェア事業のnewmo社が200億近い資金調達に成功といった大型調達のニュースも注目を集めました。"BRICKS FUND TOKYO"のご出資先で、月極駐車場管理会社向けのSaaSを提供するニーリー社はシリーズBで45.7億円を調達(当ファンドでも追加出資を実施)するなど、高い成長性を有するスタートアップ、連続企業家といったプレミアムのあるスタートアップに対しては引き続き積極的な投資が進んでおり、調達環境の二極化が進んでいると感じています。いずれにせよ日本のスタートアップ投資額の対GDP比は引き続き低水準であり、絶対的な資金供給額の増加がスタートアップエコシステムの発展に不可欠と思います。
――2025年に注目するセクターとその理由を教えてください。(海外トレンドや国内の動向なども含めて)
2025年も引き続き、生成AIの活用、民主化の流れに注目しています。特に、今後は各産業ごとに深いレベルでの生成AIの活用が進むと予想されており、業界の深い知見と洞察を有する起業家が業界に変革をもたらすと考えます。例えば"BRICKS FUND TOKYO"のご出資先であるトグルホールディングスは、AIを活用して土地の売買や開発といった従来アナログだった不動産の開発業務を高度化していますが、代表の伊藤氏が不動産テックスタートアップのイタンジを創業・売却した連続起業家であり、業界の深い知見を有することが大きな競争力になっていると感じます。日本独自の強みであるクリエイターエコノミーやIPビジネスにも注目しています。同じく出資先でVtuberのプロデュース等を手掛けるウタイテは、海外でも勝負ができるIPを保有しており、「日本発」で勝負ができるスタートアップの1社で、本年度の飛躍を確信しています。建築費高騰が続く中、不動産デベロッパーとしては建設テック分野も注目していきたいと考えています。建設プロセスの効率化やコスト削減を目指すスタートアップへの支援は、業界全体の持続可能性向上に繋がると考えており、積極的に投資を検討していきたいと思います。
――2025年の資金調達環境について、どのような見通しを持っていますか?また、スタートアップが備えておくべきポイントは何だと思いますか?
2025年の資金調達環境は、米国におけるトランプ政権の再登場や金利上昇の影響により世界の不確実性は増しており、なかなか予測することは難しいところです。私の好きな言葉に「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」というものがあります。周りの雑音に振り回されることなく、まずは地に足をつけ、自らで未来を創り出すという姿勢がスタートアップにも、既存企業の新規事業の担当者にも重要ではないでしょうか。我々"BRICKS FUND TOKYO"としては、2025年も引き続き成長産業の共創を目指し、スタートアップの皆さまから「選ばれるCVC」になるべく努力してまいります。
――「スタートアップ育成5か年計画」発表からの2年を振り返り、2027年度に国内で10兆円規模の投資額を実現するうえでの課題や、必要なピースは何だと思いますか?
岸田政権が掲げた「スタートアップ育成5か年計画」は、スタートアップエコシステムの活性化に大きく寄与したと思っています。やはり国が先頭に立って御旗を掲げるというのは重要であり、特に民間の投資が難しい核融合や半導体といったディープテック分野への支援強化などにおいては国の主導的な役割が引き続き重要であると思います。今後もスタートアップと既存企業間の人材や資金の流動性の向上や、スタートアップのM&Aを促進するための税制支援の拡充などを通じてスタートアップと既存企業の融合が進むことで、スタートアップエコシステムのさらなる発展と、日本の産業変革が進むことを願っています。