日本の創薬市場
新薬の開発には高度な技術が必要とされ、新薬を継続的に創出できる国は限られる。そのなかで日本は、売上高上位の医薬品の創出企業国籍ランキングにおいて、米国に次いで世界第2位を誇る※1。また、医薬品の国内市場の拡大が続く。2023年は、抗がん剤や新型コロナ治療薬の売上増などにより、前年比3.1%増の約11.3兆円となり、初めて11兆円台に乗った※2。
これまでの創薬において低分子医薬品の開発がメインであった中で、低分子医薬品の創出に強みを持つ国内の製薬企業にとって有利な環境であった。しかし、近年は創薬モダリティ(治療の種別)の多様化が進みつつある。その理由として、いまだ有効な治療方法がない疾患に対する医療ニーズの高まり、多様な創薬基盤技術を用いた研究開発の拡大が挙げられる。創薬モダリティの多様化が進む中で特に拡大しているのがバイオ医薬である※3。
バイオ医薬とは、遺伝子組み換え技術や細胞培養技術などのバイオテクノロジーを応用し人間の体内にある生体分子(酵素、ホルモン、抗体など)を活用して作られる医薬品を指す。バイオ医薬品市場が拡大している中、国内の製薬企業は遅れを取っている。
背景として、製造プロセスが複雑で費用がかかる点、従来の化学合成での製造とは異なる技術・ノウハウが必要な点が挙げられる※4。
欧米と比べたコロナワクチンなどのバイオ医薬品の開発の遅れを受けて、国や自治体が主体となった創薬企業への支援が行われている。「ワクチン開発・生産体制強化戦略」では、今後脅威となりうる感染症にも対応できるよう、研究開発や生産体制の強化の方針が示されている。また、この戦略のもと、国が認定VC出資額の最大2倍まで補助する「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」が開始された。
東京都は、創薬・医療領域のスタートアップエコシステムの構築を目的としたスタートアップ育成支援プログラム「Blockbuster TOKYO」を2018年から運営している。「Blockbuster TOKYO」のエコシステム形成支援者として、一般社団法人LINK-J、CIC Japan、三菱総合研究所の3社が指定され、スタートアップの資金調達や事業戦略、海外展開などを支援しエコシステムの強化に取り組んでいる。
本記事では、注目される肥満症薬とAI創薬支援に関する事業を行う企業について紹介する。
KEPPLE REPORTをダウンロードすることで以下の情報をご覧いただけます。
・アナリストによる創薬テックの詳細な解説
・国内外の創薬テック161社を15カテゴリーに分類したカオスマップ
・創薬テック161社の詳細な情報
フォームより情報を登録いただくことで、レポート全文をPDFでご覧いただけます。
フォームはこちら
肥満症薬
今後、日本でも肥満症薬の承認が進み、国内市場も大きく拡大する可能性がある。このカテゴリーには、肥満症薬を開発する企業を国内1社、海外5社分類している。
BMIが30を超える肥満の人は世界で約10億人いるとされ、対象となりうる患者は多い※5。
この分野をリードするのが「マンジャロ」を開発する米国の上場企業Eli Lilly and Companyと、「ウゴービ」を開発するデンマークの上場企業Novo Nordiskである。
2030年の市場はEli Lilly and CompanyとNovo Nordiskの2社が約80%を占める寡占状態になると予測されている※6。Eli Lilly and Companyは、2024年1月に時価総額で電気自動車メーカーのTeslaを抜き、米国9位の企業となった。
また、Novo Nordiskは一時的に欧州の時価総額トップ企業となった※7。米国のPfizerや、英国のAstraZenecaなどの競合も肥満症薬の開発を強化している。
スタートアップでは、肥満や神経障害を対象とした低分子薬を開発する米国のKallyopeがユニコーンとなっており、他には米国のOrsoBioや中国のGmax Biopharmなどが存在する。
Eli Lilly and CompanyやスイスのRocheといった上場企業が米国のVersanis BioやCarmot Therapeuticsといったスタートアップを買収するケースもみられ、大手製薬企業がスタートアップを買収する傾向は今後も続くと考えられる。
国内の大手製薬企業による開発もいくつかみられる。富士フイルム富山化学の「サノレックス」、大正製薬の市販薬「アライ」などの肥満症薬が承認済みとなっている。「アライ」は2024年4月の発売が予定されている。また、中外製薬や塩野義製薬も肥満症新薬の開発を進めている。
この分野に取り組む国内スタートアップは少ないが、スコヒアファーマは、糖尿病や肥満をはじめとした生活習慣病領域を中心に低分子医薬品の研究開発を行っており、累計資金調達額は110億円となっている。2型糖尿病を対象とした医薬品や、眼科及び皮膚科疾患用製剤などを海外企業にライセンスアウト・導出した実績が評価されている※8。
AI創薬支援
AIの急速な進歩による創薬での活用余地の拡大を踏まえ、AI創薬支援を注目分野として選定した。このカテゴリーには、AIを活用した創薬技術により製薬企業の創薬を支援する企業や、自社でAIを活用した創薬を行う企業を国内7社、海外2社分類している。
AIがデータ分析や推論を行うことで、開発期間の短縮やコスト削減などのメリットをもたらすことが期待されている。コストの高いバイオ医薬品の開発において、治療の標的となるたんぱく質の構造予測や臨床試験結果の分析などでも活用されている。
国内では、SyntheticGestaltが機械学習モデルを用いた新薬候補化合物の探索システムを開発している。40億個程度という膨大な量の化合物ライブラリーから、最短で1-2日で20-50個の候補化合物を探索し、その後、実験を通じて2-3個に絞り込めることを特徴としている。同社のシステムでは、研究期間を数カ月に短縮し、研究費用を従来の1-2%に圧縮することが可能になるという※9。
SyntheticGestalt開発のAIシステムイメージ図(画像:同社公式HPより掲載)
慶應義塾大学発のMOLCUREは、10億以上の分子情報を有するAI創薬プラットフォーム技術を開発している。この技術により様々な機能性を持つ抗体やペプチドの設計が可能となる。2023年に抗体医薬品の創製に関する創薬提携契約を小野薬品工業と締結したことを発表した。
海外では、米国のInsitroやGenerate Biomedicinesがユニコーンとなっている。Insitroは、自社創薬に加え、Gilead SciencesやBristol Myers Squibbなどと提携しており、大手製薬企業が取り組む非アルコール性脂肪性肝炎やALSなどをはじめとする難病治療薬開発を支援している実績が評価されている。
おわりに
肥満症薬やAI創薬など近年注目を集める分野においては、海外ではユニコーンが誕生している一方、国内大手製薬企業は遅れをとっている。国や自治体が主体となったスタートアップ育成のための支援策が開始されており、海外企業に比べて遅れを取っている領域でのスタートアップの研究開発の加速が期待される。
---------------
※1 医薬産業政策研究所 世界売上高上位医薬品の創出企業国籍調査を振り返る
※2 ミクスOnline 23年国内医療用薬市場 初の11兆円台 抗腫瘍剤市場が2桁成長、勢い回復 1000億円超に7製品
※3 経済産業省 バイオ医薬品関連政策の視点
※4 みずほリサーチ&テクノロジーズ 我が国のワクチンを含むバイオ医薬品製造の現状と課題
※5 朝日新聞デジタル 世界で普及する肥満症の薬、開発競争激しく 売上高14兆円の予測も
※6 Bloomberg 肥満症薬、約15兆円市場に成長する潜在性-ゴールドマンのアナリスト
※7 AnswersNews イーライリリーとノボノルディスク、肥満症薬で「グロース株」に…株価急騰、PERはハイテク株並みに【海外ニュース】
※8 日経バイオテク 累積調達金額の1位はSpiberの1009億円、2位以下を大きくリード
※9 J-Net21 AI創薬を第一歩に文明発展の主役を目指す「SyntheticGestalt株式会社」
●本カオスマップは当社独自に作成しており、サービスの網羅性や正確性を完全に担保するものではありません。
●商標およびロゴマークに関する権利は、個々の権利の所有者に帰属します。
●掲載に問題がある場合は下記までご連絡ください。
連絡先:media@kepple.jp