100万点の部品、造船の熟練知 「海事産業を一つにする」東大発 Noahlogyの挑戦

100万点の部品、造船の熟練知 「海事産業を一つにする」東大発 Noahlogyの挑戦

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熟練技術者の頭の中にある「設計の勘」を、AIは受け継げるのか──。

造船業は、地域経済を支える重要な産業の一つである。政府が官民投資ロードマップの策定を進める「戦略17分野」の一つにも造船が位置づけられ、経済安全保障の観点からも国産船舶を安定的に建造できる体制の重要性が高まっている。

一方で現場では、設計を担う熟練技術者の高齢化と人手不足が進み、その技術をどう維持・継承するかが課題になっている。新燃料船や自動運航船、艦艇など今後需要が高まる次世代船舶は、1隻ごとに仕様が異なり、膨大な図面・規則・部品情報を読み解く設計負荷が極めて高い。

この課題に挑むのが、東京大学発スタートアップのNoahlogy株式会社(ノアロジー)だ。

同社は、造船業に特化したAIエージェント基盤を開発・提供するスタートアップ。国内20以上、生産量ベースで75%以上の造船所と連携し、日本発の造船特化AI基盤の構築を進めている。1000名以上の技術者へのヒアリングを重ね、熟練技術者の知見をAIに実装してきた。

2026年4月には、次世代AI造船所の実現を目指す国土交通省所管のBRIDGE事業の採択も受けている。2026年6月には、ANRI(リード投資家)、Boost Capitalを引受先として、総額1.5億円のシードラウンドを実施したと発表した。

「今から3年前は早すぎ、3年後は遅すぎる」と語る代表取締役の福重 佑亮氏。今まさに構築を急ぐ、海事産業特化のAIエージェントについて話を聞いた。

同社が2025年12月に協業を開始した向島ドックの施設。両社は、船舶修繕データをAIで解析し、新造船設計へのデータ活用や現場のDXを目指す。
同社が2025年12月に協業を開始した向島ドックの施設。両社は、船舶修繕データをAIで解析し、新造船設計へのデータ活用や現場のDXを目指す。(写真:Adobe Stock)

設計期間を10分の1に──AIが担う次世代の造船プロセス

──事業の概要を教えてください。

福重氏:造船の設計工程をAIエージェントで支援するプロダクトを開発・提供しています。船舶の設計は、 引き合い設計※1、基本設計、詳細設計、生産設計といった複数のフェーズに分かれています。現状では設計だけで約1年かかりますが、AIを活用することで設計期間を10分の1に短縮できると見込んでいます。 

私たちは、熟練技術の継承や設計負荷の軽減といった「守り」の側面と、AIネイティブな設計工程によって建造数や新船開発、営業力の強化につなげる「攻め」の側面の両方に取り組んでいます。この2つのアプローチで、造船業を持続可能かつ成長産業にしたいと考えています。

※1 引き合い設計:船主からの依頼を受け、受注前に造船所が行う概略設計のこと。コストや船の仕様を見積もることを目的としている。

(画像:同社提供)

──造船業界が抱える課題を教えてください。

大きく言えば、「熟練技術者の引退と若手不足」、そして「働き方改革による量的な不足」という二重の問題があります。 

たとえば、ある中堅造船所では、年商100億円規模の会社にもかかわらず、引き合い設計から基本設計までをほぼ1人で担っている68歳ほどのエンジニアがいます。その方の知見は本人と本人のPCの中にあり、データを見ても他の人にはなかなか読み解けない。こうした状態の造船所は、大手以外では少なくありません。 

一方で、設計需要は増しています。新燃料船や自動運航船、さらに護衛艦などの艦艇は、設計負荷が非常に高い領域です。たとえば、エンジンとプロペラをつなぐ軸という部品だけを見ても、160近いチェック項目があります。それを、合計1000ページ以上にもなる大量の図面や資料と照らし合わせながらレビューしなければならない。

主機関の動力をプロペラへ伝える軸系装置の一部
主機関の動力をプロペラへ伝える軸系装置の一部(写真:Adobe Stock)

さらに、船は1隻あたり約100万点の部品があると言われています。次世代船舶になると、燃料や運航方式が変わるため、規則もさらに増える。人が減っている状況で、こうした設計負荷に対応するのは難しくなっています。

共通基盤としてのAIを、現場とともに育てる

──AIエージェントと人間の役割分担についてはどのようにお考えですか。

超有能なアシスタントとしてAIエージェントがいることで、人間がより高度な判断や、顧客との議論に集中できるというユーザー体験を目指しています。

たとえば、図面をレビューし、そこからチェックすべき項目を拾い上げ、必要に応じてメールを送る。造船所の設計者が普段行っている一連の流れを、AIエージェントがトレースしていきます。

将来的には、造船所と船主のコミュニケーション、設計レビュー、資材調達に向けたベンダーとのやり取り、最終的な引き渡しまでの工程を、エンドトゥエンドで支援していきたいと考えています。

──造船会社とはどのように連携されているのでしょうか。

それぞれの造船会社には、得意とする船種や規模感があります。自動車専用運搬船、ケミカルタンカー、調査船、漁船など、現場ごとに強みが異なるため、それぞれの得意領域でフィードバックをいただきながら、プロダクトを磨いています。

私たちは、ある意味で王道のやり方をしているつもりです。その業界で、その業務に一番優れている人と並走し、その横で開発者がシャドーイングするようにプロダクトをつくっていく。そして、そこで生まれたプロダクトという名のスタンダードを、他の現場にも使ってもらう。私たちは、それを海事産業にフォーカスしてやっています。

造船業は、各社が早くから3D CADを導入し、高度なシステムを独自に開発してきた業界でもあります。 ただ、クラウドやAIの時代に入る中で、個別最適のままでは採算が合いにくくなっている。

また、海事産業では、造船所、海運会社、舶用機器メーカー、代理店など、多くのプレイヤーがそれぞれ異なった情報を持っています。船の詳細な図面や、船の運航データなどが分散しているのです。私たちは、それぞれのシステムやデータが協調動作することで大きな付加価値が生まれると考えています。

だからこそ、共通のAI基盤を作り、海事産業の中で分断されている情報や業務を橋渡ししていくことが、私たちの役割です。

「海事産業をひとつにする」造船AIから海事特化の金融へ

──今回の資金調達について教えてください。

資金調達タイミングについては、「3年前では早すぎて、3年後では遅すぎる」という認識を持っています。

私たちは、国により重点領域として位置づけられる前から、造船領域に強く取り組んできました。その中で、愛媛県の事業なども活用しながら、造船業、とりわけ設計から始まる領域に非常に大きなニーズがあることを確認してきました。

マクロで見ると、造船業は今、国からも大きな期待を背負っています。国際情勢が複雑になる中で、国産船舶は経済安全保障上の観点から非常に重要です。私自身も、国の派遣で日米造船連携に関する専門家委員会に参加しましたが、米国から見ても、日本の造船力は重要な意味を持っています。

一方で、日本の造船業は、国際競争の中で厳しい状況に置かれてきました※2。 まずは自国の造船力を立て直さなければならない。同時に、海外からも期待されている。それに対して、現場では人手が足りていない。このギャップが非常に大きくなったのが今だと考えています。 

調達した資金は、採用と事業拡大に使っていきます。また、事業費6億円強のBRIDGE事業にも採択されており、こうした取り組みと合わせて、プロダクト開発を加速させていく予定です。 

※2 国連貿易開発会議(UNCTAD)が2026年6月に更新したデータによると、2025年の船舶の建造量(総トン数ベース)では中国が1位(53.8%)、韓国が2位(27.3%)、日本が3位(13.1%)だった。

──今後の事業展開について教えてください。

まずフェーズ1として、造船設計支援AIエージェント基盤の拡充に注力します。設計者の負荷を下げながら、より高付加価値な船づくりを支援していきます。

フェーズ2では、AIソフトウェアの提供だけでは解決できない課題に対応するBPO事業を展開していきます。海事産業には代理店業や外注業が多く存在し、小規模な事業者では高齢化によって事業継続が難しくなっているケースもあります。AIエージェントを提供するだけでなく、人もセットでエンドトゥエンドのソリューションとして提供することで、現場の課題をより深く解決していきたいと考えています。

さらにフェーズ3では、船舶に関するデータを活用し、金融機関と連携したフィンテック領域への展開も見据えています。船舶は非常に高額なアセットであり、造船業と金融の仕組みは切り離せません。設計、修繕、運航などに関するデータや、AIエージェントによる事務作業の効率化を通じて、金融機関や船主を支えることができるのではないかと考えています。

造船設計支援AIは、私たちにとって入り口です。船は1隻つくられると、15年から20年ほど使われます。そのライフサイクルの中で、造船所、海運会社、船主、金融機関、舶用機器メーカーなど、多くのステークホルダーが関わります。設計を起点に、海事産業全体へと事業を広げていきたいと考えています。

(画像:同社提供)

──今後、どのような投資家やパートナーと連携していきたいですか。

ルールメイクや政府への働きかけが得意な方々ともご一緒したいと考えています。造船業は、国レベルの産業政策と非常に深く関わる領域です。必要な資本も大きく、民間だけではやりきれない部分もあります。だからこそ、長い時間軸でこの挑戦に伴走してくださる方々と連携していきたいです。

また、海事産業との距離が近く、この産業が発展することでお互いにメリットがある事業者にも参加していただきたい。金融機関であれば、船舶融資を行っている金融機関はまさにそうですし、将来的には大手海運会社にも入っていただけると嬉しいです。

──最後に、Noahlogyが目指す姿を教えてください。 

私たちのミッションは、「海事産業をひとつにする」ことです。

中国では、造船業は中国船舶集団(CSSC)のような巨大企業に集約され、韓国でもHD現代、ハンファオーシャン、サムスン重工業といった大手に集約されています。一方で、日本では造船会社が百数十社に分散しており、業界全体で競争力を高めていくうえで難しさがあります。

海事産業には多くのプレイヤーがいます。それぞれが重要なデータや知見を持ちながら、分断されている部分も多い。

もちろん、各社が持つ設計ノウハウや船型の考え方まで一律にそろえる必要はありません。たとえば、「この船型にすると燃費がよい」といった知見は、それぞれの企業が蓄積してきた強みであり、差別化の源泉です。

一方、設計や開発に用いるツールのような基盤的なレイヤーについては、共通化していくべき部分があると考えています。私たちは、AIエージェントを活用して設計の共通基盤を作り、産業全体のボトルネックを解消していきたいと考えています。

今まで土曜日も出勤していた人が、土曜日に休めるようになる。大変な仕事だと思われていた業界が、AIを使って革新が進む面白い業界だと見られるようになる。そうやって、若い人がもっと入ってくる産業に近づけることができれば、私たちとしても非常に意義があると思っています。

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