近年、政策の後押しもあり、日本国内におけるスタートアップへの資金供給量が増え、市場は拡大を続けている。欧米に比べるとまだ規模は小さく、さらなる成長の可能性を秘めている一方で、今後の拡大に向けては多くの課題も指摘されている。
さらなるスタートアップへの資金供給や人材の流動性などに加えて、スタートアップの急成長に向けた、経営支援やナレッジ共有も重要な要素の一つだ。日本においても、さまざまなプレイヤーによる経営支援に加えて、ベンチャーキャピタルを中心とした各コミュニティで盛んな情報の共有が行われているが、経営に関するオープンな情報は限られているのが現状だ。
そのような課題感のもと、スタートアップの経営情報の可視化に向けて、2021年から三井住友信託銀行が実施しているのが「スタートアップサーベイ」だ。
国内最大級のスタートアップ企業に関する調査となっている本取り組みは、資本政策、人材戦略、ガバナンスなどのさまざまな観点から、スタートアップ企業の活動を網羅的に調査し、企業の状況別に比較・分析した調査結果を回答企業に共有することで、自社の経営に活用してもらい、スタートアップ業界の拡大に寄与することを目的としている。
本記事では、昨年実施され、幅広い業種・売り上げ規模・IPOステータス(上場予定年)の企業計528社が参加した「スタートアップサーベイ2023」の調査結果と監修者の考察から、特に注目すべきポイントを紹介する。
調査期間:2022年11月28日~2023年2月20日
調査方法:インターネット調査
調査対象:日本国内を主として事業展開を行うスタートアップ企業で、設立から 20 年以内の企業。ベンチャーキャピタルや事業会社から資金を受け入れており(又は今後、受け入れの予定があり)、IPO や M&A 等で EXIT を目指す企業。
回答企業数 :528社
スタートアップに共通する経営課題
まず、本サーベイにて「目下の経営課題」として多くの企業が挙げたのは「人材採用・人事制度構築」「販路開拓・拡大」であった。これら2つの経営課題はIPOステータスでの傾向は見られず、いずれの時期においても高い水準となった。
一方で、「プロダクト・商品開発」「エクイティ・有利子負債の調達」についてはIPOが近づくにつれて減少傾向が見られた。また、「経営管理体制の構築」を課題と感じる企業は、上場準備を本格的に検討し始める「N3期」まで増加傾向だが、上場直前々期となる「N2期」以降は減少傾向となった。
プロダクトや資金面、経営管理体制の課題はIPOが近づくにつれ課題感が薄れる傾向にある一方、人材面・販売面の課題はステージ問わず存在することが浮き彫りとなった。
出典:三井住友信託銀行「スタートアップサーベイ2023
ポストバリエーションごとのエクイティファイナンスの傾向
スタートアップへ出資する投資家が増える中、各社がどのような投資家から調達しているのか、ポストバリエーションごとにその傾向が色濃く見られた。
事業会社・ CVCからの資金調達実績がある企業は、ポストバリュエーション10億円以上を境に大幅に増加。そして、海外投資家からの調達実績は、ポストバリュエーション50億円以上で増加している。
一方、国内の機関投資家から資金調達をした企業は、ポストバリュエーション100億円以上で急増しており、国内機関投資家からの調達を実現するには、ポストバリュエーション100億円以上が目安となると言えそうだ。
出典:三井住友信託銀行「スタートアップサーベイ2023
活用広がる有利子負債の調達
資金調達における傾向では、エクイティでの調達に加えて、実に回答企業全体の8割弱が有利子負債の調達を行っているという結果となった。
出典:三井住友信託銀行「スタートアップサーベイ2023
売上高1億円未満の企業では政府系金融機関を活用した借入が中心であると想定され、調達額も1億円未満が大半だが、売上高1億円以上の企業において、有利子負債調達額が1億円以上の企業が増加。また売上高10億円以上の企業においては、有利子負債調達額が20億円以上の大型調達を実現する企業が現れることがわかった。
なお、売上高10億円以上かつ調達額20億円以上の企業は、営業利益が黒字化している企業が半数程度ある一方、赤字の企業も半数程度存在しており、二極化が見られる。
出典:三井住友信託銀行「スタートアップサーベイ2023
IPOを中心としたEXIT方針が継続
また、各社が考えるEXIT方針では、方針未定の企業を除いた回答企業のうち、 9割超は IPOでのEXITを希望していることがわかった。依然として、国内における出口戦略はIPOが大半を占める結果となった。
出典:三井住友信託銀行「スタートアップサーベイ2023
直近1年間でEXIT方針を変更した企業は約5%と限定的であった一方で、 IPO時期を延期した企業は約3割にのぼる。なかでもN3 ~ N1期の企業に多い傾向が見られた。
出典:三井住友信託銀行「スタートアップサーベイ2023
高まる給与水準とストックオプションによる人材戦略
人材獲得競争がますます激しくなる中、自社の給与水準やストックオプションの方針については、多くの経営者が頭を悩ませているだろう。
本サーベイでは、IPOステータスごとでは大きな差は見られなかったものの、ポストバリュエーションが大きくなるにつれて給与水準は高くなる傾向にあり、自社の成長に合わせて給与水準を上げていく企業が多いと見られる。
特にポストバリュエーション100億円以上の企業の過半数が上場企業の平均給与額を上回る結果となり、スタートアップ全体の給与水準は徐々に高くなっていると言えるだろう。
出典:三井住友信託銀行「スタートアップサーベイ2023
また、ストックオプションについて、付与している企業はポストバリュエーション10億円以上・従業員数 21 人以上から急増し、約85%の企業がストックオプション付与を行っていることがわかった。
創業直後からストックオプションを付与している企業もある一方で、多くの企業においては事業の拡大を目指して採用を本格化させる「シリーズAとBの間」までを目安にストックオプションを付与する傾向にあるようだ。
なお、「ポストバリュエーション100億円以上」の企業においては、全ての企業でストックオプションの付与が行われていた。
出典:三井住友信託銀行「スタートアップサーベイ2023
経営のベンチマークを活用して、さらなる飛躍へ
本サーベイの結果により、スタートアップ経営における傾向が多角的に浮き彫りとなった。これらの結果内容が必ずしもスタートアップ経営における正解というわけではないが、特に経営経験が浅いスタートアップにとっては、先行するスタートアップの傾向が分かる貴重な参考情報となるだろう。
三井住友信託銀行は、本サーベイを継続的に実施し、変化を追うことで各社の経営に活用できるベンチマークの一つとし、国内スタートアップ業界の拡大に繋がっていくことを目指すとしている。
そして、現在「スタートアップサーベイ2024」が実施中だ。回答企業に対しては、回答結果を集計した「データ集」に加え、三井住友信託銀行による分析内容を取りまとめた「実施報告書」が提供されるほか、ビジネスにつながるユニークな特典などが用意されている。
また、今年度からはそれぞれの回答企業に対して、自社と同じ業種や同じステージの他社と比較ができる「個社別レポート」が提供される予定。自社の立ち位置を把握できるなどより詳細な活用が可能となる。
今年も多くの企業が参加することで、スタートアップ企業の経営情報が可視化されるとともに、それらの情報を活かしてさらに飛躍するスタートアップが増えていくことを期待したい。
調査対象:国内で事業を行うスタートアップ企業(未上場、事業化から20年以内の企業)
参加費用:無料
回答特典:実施報告書/個社別レポートの提供、実施報告会(結果のフィードバックセミナー)へのご招待
参加URL:https://www.smtb.jp/business/blind/startup-survey/2024