InnoJin株式会社

東京大学が主催する医療機器スタートアップ・アクセラレーションプログラム「MedTech ROUND」の採択企業によるピッチ「MedTech ROUND Pitch Day」が、2026年5月28日(木)、東京ミッドタウン八重洲カンファレンスにて開催された。
MedTech ROUNDは、東京大学が経済産業省および国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)と共に支援するプログラムである。AMED「医工連携グローバル展開事業(国際展開伴走支援事業)」の一環として実施され、東京大学バイオデザインによって運営されている。
同プログラムは、医療機器メーカーと投資家が一体となってスタートアップを育成するエコシステムの構築を狙う。スタートアップと医療機器関連の事業会社(アクセラレーター候補企業)がタッグを組んで事業開発を進め、そこにベンチャーキャピタルが加わっていく好循環を生み出すことを目指す。2025年12月に始動した今期は、朝日インテック、アステラス製薬、オリンパス、テルモ、日本光電工業、シスメックス、ジョンソン・エンド・ジョンソン、日本メドトロニック、ボストン・サイエンティフィック ジャパンなど国内外15社のアクセラレーター候補企業がエントリー。各社が「リバースピッチ」動画で自社の関心領域を発信し、それを見たスタートアップとのマッチングを経て、約3カ月間のメンタリングが行われた。
スタートアップ側は約80社の応募から12社が採択。今回のピッチには、そのうち9社が登壇した。
登壇企業一覧 [アクセラレーター企業]
InnoJin [アステラス製薬]
キオレメディカル [日本ベクトン・ディッキンソン]
クアドリティクス [日本光電工業]
コルバトヘルス [シーメンスヘルスケア]
SAFE ECMO Technologies [泉工医科工業]
セルフォールド [ボストン・サイエンティフィック ジャパン]
DELISPECT [アルケア]
Perple [シスメックス]
メドキュレーション [大塚製薬工場]
がん・心疾患・神経疾患をはじめとする重要疾患に挑む、多彩なバックグラウンドを持つスタートアップが集結した当日の様子を紹介する。
アンメットニーズに挑む、採択スタートアップ9社
InnoJin──VRゲームで小児弱視の治療を変える
眼科医が率いる、デジタルヘルス領域のスタートアップ。子どもの弱視を治療するVRプログラムを開発している。弱視の標準治療は眼鏡による完全矯正と健常眼を覆うアイパッチ療法を用いることがあるが、子どもがアイパッチを嫌う、保護者の負担が重い、医師が実際の治療時間を確認しづらいといった臨床上の課題があった。
同社はVRのゲーム(卓球などのコンテンツ)を活用し、弱視の眼にはボールの映像を、健常眼には透明化した映像を見せることで弱視眼の使用と、目と手の協調運動を促す。プログラム医療機器(SaMD)として提供し、ハードウェアは既存のVRゴーグルを利用する。
米国では動画視聴型のシステムがFDA認証を受けているケースもあるが、同社のシステムは、子どもの操作や動きに応じてゲームが反応するインタラクティブなVR体験と、目と手の協調運動を取り入れた点を差別化要素とする。現在病院で臨床試験を実施中で、日本での発売を目指すとともに、ゲーム内容のローカライズによって米国展開も視野に入れる。
キオレメディカル──超短パルスで血管内石灰化を砕き、四肢を救う
動脈硬化により脚などの血管が狭くなってしまう末梢動脈疾患に対し、次世代の血管内治療技術を開発するスタートアップ。超短パルスの(照射時間が非常に短い)エネルギー波で血管内の石灰化(カルシウム)を微細な粒子へと砕き、体内に吸収させる技術を持つ。
石灰化を破壊するだけのショックウェーブ型、粒子を生じさせる機械式、中等度の石灰化への対応が難しい既存のレーザーデバイスなど、既存装置の課題を整理したうえで、薬剤の到達経路となるチャネルを作り出せる点を強みとして示した。石灰化した血管を削って広げるアテレクトミーの市場は今後も拡大が見込まれ、近年は大手医療機器メーカーが関連技術を相次いで大型買収していることにも触れ、市場機会の大きさを訴えた。
同社チームには、米国FDAで医療機器の審査に携わった経験を持つ人材や、大手医療機器メーカー出身者がそろう。現在プロトタイプの完成が近づいており、米国では既存の類似製品をもとに承認を得る手続き(510(k))での申請を想定しているという。日本のパートナー企業との連携を通じてビジネスプランを固め、グローバル展開も進めていくとの見通しを示した。
クアドリティクス──てんかん発作の予兆検知で患者の安全を確保
てんかん発作の予兆を検知するAIプログラム医療機器を開発するスタートアップ。発作は突然起こると意識や身体のコントロールを失い、転倒による骨折、入浴中や調理中の事故など、日常のさまざまな場面で危険を伴う。最悪の場合は命に関わることもある。同社は発作前に自律神経系が変化する点に着目し、心電図・心拍変動(HRV)データに基づいてAIが兆候を察知し、患者に知らせることで、発作に備える時間を提供することを目指す。
同社は、身につけるタイプの心電図(ECG)デバイスとソフトウェアを組み合わせる構成で、患者が手軽に導入できる点を訴えた。すでに日本の規制当局(PMDA)との事前相談を終え、オーストラリアでは規制当局(TGA)への申請準備を進めるとともに、同国の国民障害保険制度(NDIS)を活用して費用が保険でまかなわれる可能性を探っている。製薬企業との連携による市場拡大も見据える。
コルバトヘルス──胸部CTのAI解析で多臓器の「生物学的年齢」を評価
標準的なCTスキャンを、病気の発見だけではなく予防のためのツールへと転換しようとするスタートアップ。AIモデルでCT画像を解析し、心臓・腎臓・肝臓など多臓器の生物学的なエイジング(老化)を評価する。
日本では年間に膨大な数のCT検査が行われているが、画像に含まれる豊富な情報のうち、各臓器の年齢に関する指標は十分に活用されていない。同社のAIは、予測された生物学的年齢と実年齢の差をリスクシグナルとして捉え、たとえば「あなたの心臓の年齢は62歳です」といった直感的なメッセージを患者に提示する。多数のCT検査データからモデルを開発しており、特定の機器に依存しないベンダーフリーのソフトウェアを志向する。
日本・アジアのヘルススクリーニング市場をまず狙い、その後の地域展開を見据える。各地域で文化や患者プロファイルが異なるため、地域ごとにエビデンスを積み上げていく必要性にも言及した。
SAFE ECMO Technologies──ECMOの血栓を「見える化」する
島根大学発で、ECMO(体外式膜型人工肺)回路内に生じる血栓を非接触・機械的に検出する技術を開発するスタートアップ。新型コロナウイルス治療の文脈で名前が広く知られるようになったECMOは呼吸・循環不全の患者の生命を支える装置だが、回路内に血栓(凝固)が形成されると酸素化効率が低下し危険を伴うため、使い捨ての回路を交換する必要がある。回路交換のタイミングは現在、医療者の目視に頼っており、判断のばらつきや「血栓ができているか分からないため、念のため早めに交換する」という判断によるコスト負担が課題となっているという。
同社の解決策はCIMT(電流を用いた磁気トモグラフィー)。微弱な電圧・磁場を用いて回路の断面画像を再構成し、目視では捉えにくい血栓を検出する。初期のPoCでは、CTでは判別できなかった凝固の有無を識別できたという。事業はまず、ECMOに後付けできる血栓の画像化装置(オプション機器)として提供し、次の段階では、AIが「いつ回路を交換すべきか」を提案する機能へと広げていく計画だ。同社の岩下義明教授が長年ECMOを扱ってきた集中治療の専門医であることも強みとなる。
セルフォールド──注射可能な細胞足場で血管新生療法に挑む
血流が滞った組織に新しい血管を作り出す「血管新生療法」に、注射で投与する細胞の足場(ICS:Injectable Cell Scaffold)で挑むスタートアップ。細胞の足場とは、移植した細胞がくっついて根づくための土台となる微細な構造物のこと。これまでの細胞治療では、患部に移植した細胞が投与後すぐに失われてしまい、治療効果につながりにくいという課題があった。
同社のICSは、注射した細胞を患部に長くとどめ、生き残る割合を高める仕組みだ。体になじみやすいポリマーと、骨の成分でもあるハイドロキシアパタイトの微細な結晶を組み合わせることで、細胞がしっかり定着し、周囲の組織とも調和すると説明する。評価試験では、移植した細胞が患部に残る割合が大きく高まったと報告した。臨床では複数の患者に投与し、一部で改善が確認されており、現在も経過を追っている。一般的な細胞治療では、移植する細胞を培養して増やす工程に多くの費用と時間がかかるが、同社の手法は培養を必要としないため、低コストで製造できる可能性がある点も強みとして挙げた。日本の規制当局(PMDA)と相談しながら国内での製品化に向けた検証を進めつつ、米国を含むグローバル展開も見据える。
DELISPECT──AIでせん妄を予測・予防し、病院経営を支える
国立がん研究センター発のスタートアップで、AIでせん妄を予測する医療機器を開発する。せん妄とは、病気や入院をきっかけに一時的に意識や注意が混乱し、興奮したり暴れたりすることもある状態のこと。 重症患者に多く起こり、患者本人にも医療スタッフにも危険を及ぼすうえ、入院が長引いたり薬やケアが増えたりすることで病院の負担を押し上げる。
同社の製品は2つの機能から成る。1つは、電子カルテのデータだけを使って48時間以内のせん妄リスクを予測する機能。もう1つは、患者1人あたり約5分で作ることができる予防プランだ。臨床研究では、リスクの高い患者を見逃さず捉える精度(感度)83%、誤って高リスクと判定しない精度(特異度)80%を確認。順天堂大学での研究では、せん妄の発生率が下がり、入院日数も短くなったという成果が示されたとする。せん妄にとどまらず、認知症ケアや医療従事者の意思決定支援へと広げる「ホスピタルAIエージェント」構想を掲げ、日本と米国を主要市場と位置づける。
Perple──ゲノム×AIで難治性てんかんの個別化医療を
脳神経内科医・久保田 隆文氏が率いる、てんかんゲノムAIの個別化医療プラットフォーム。久保田氏自身のてんかん患者の家族としての経験が起業の原点だという。てんかん患者の約3割は薬剤抵抗性とされ、適切な薬にたどり着くまで多くの薬を試行錯誤し、数年を要することも珍しくない。
薬剤抵抗性のてんかんには遺伝的な要因が関わることが多く、その要因を特定できれば、効きやすい薬を選べる可能性が高まる。同社のプラットフォームは、ゲノム(遺伝子)解析とAIを組み合わせ、この「原因の特定」と「最適な薬の提案」を支援する。AIは、患者の遺伝子データに加え、発作の症状のパターン(発作症状)や脳波(EEG)といった臨床データを手がかりに、多数のデータベースを横断的に検索・統合。避けるべき薬と適した薬を判断し、推奨薬を提示する。医師が手作業で行えば1時間ほどかかる探索を、AIエージェントが約10秒に短縮できるという。原因の検出率は約60%で、他の手法の約3倍に上ると説明した。アンチセンス核酸(ASO)やCRISPRといった、遺伝子に着目した次世代の治療薬への対応も視野に入れる。
検査費用に加え、製薬企業向けの臨床データ提供や治験支援を組み合わせるマルチサイドのビジネスモデルを描く。スタンフォード大学などの研究機関やシスメックス、AMEDとのネットワークを背景に、日本・台湾での展開を経て米国進出を目指すロードマップを示した。
メドキュレーション──治療抵抗性の骨盤内がんに新たな選択肢を
既存の治療が効きにくくなった骨盤内のがん(子宮頸部・膀胱・直腸など)に、新たな治療法「NIPP療法」で挑むスタートアップ。手術や抗がん剤治療でも効果が出ず、打つ手を失う患者が多いことが課題だ。NIPP(骨盤内隔離灌流)は、骨盤まわりの血流を一時的に切り離し、その範囲だけに高濃度の抗がん剤を循環させる仕組み。患部には薬を強力に届けつつ、全身に薬が回るのを抑えられるため、副作用を小さくできる。施術時間は約3時間で、(1)患部での薬の濃度が大幅に高まる、(2)全身への影響を抑えられる、(3)体への負担が小さい、の3点を利点として挙げた。
この術式自体は、これまでも一部の病院で複数の既存機器を組み合わせて行われてきた。ただ、最後に薬剤を取り除く工程に透析装置を使うため構成が複雑になり、専用の水や設備、薬剤を含んだ排液の処理といった負担が普及の壁になっていた。同社はこの工程をHF法という濾過方式に置き換え、血液をそのまま体に戻せる、外部とつながらない一体型の装置として再設計した。医薬品と医療機器が組み合わさる製品特性のため、薬事面の承認手続きではアクセラレーター企業である大塚製薬工場と連携する。2028年の臨床試験を見据え、標準的な治療としての普及を目指す。
グランプリはPerple──3つの賞を発表

グランプリは、ゲノム×AIで難治性てんかんの個別化医療に挑むPerpleが受賞した。自身の家族がてんかんを患った経験が、てんかんを専門とする医師になり起業を目指す原点だと明かし、「本気で世界を変えたい」との決意を改めて語った。
アクセラレーター企業が選ぶ特別賞には、てんかん発作の予兆検知に取り組むクアドリティクスが、審査員が選ぶ優秀賞には、末梢動脈疾患の血管内治療技術を開発するキオレメディカルが輝いた。


グローバルEXITを見据え、来期も開催へ
MedTech ROUNDは、医療機器メーカー・投資家・スタートアップが一体となり、技術シーズの成長と社会実装が加速される社会の実現を目指している。会場には立ち見が出るほど多くの来場者が集まり、ピッチ後にはネットワーキングの時間も設けられた。
閉会の挨拶に立った東京大学医学部附属病院 トランスレーショナルリサーチセンター バイオデザイン部門(東京大学バイオデザイン) 部門長の前田 祐二郎氏は、登壇したスタートアップ、審査員、アクセラレーター企業への感謝を述べたうえで、世界の医療機器スタートアップの多くがM&Aによってイグジットし、グローバルな販路を持つ企業の力でイノベーションが世界に届けられている現状に言及。「日本では同様のことが起きているか」という課題意識から本事業への参画を決定したと振り返った。同氏は、グローバル展開に必要な知見をエコシステム全体で共有していく重要性にも触れた。
次回のアクセラレーションプログラムの募集は、2026年度内に始まる見込みだという。薬事・販路・グローバル展開という医療機器特有の壁を、大手の知見とスタートアップの技術・情熱を掛け合わせて越えていく。日本発の医療機器スタートアップの今後の成長に注目したい。










