人間ドックを「美術館に行くような体験」に──BEC・島原氏が語る予防医療の新しいかたち

人間ドックを「美術館に行くような体験」に──BEC・島原氏が語る予防医療の新しいかたち

xfacebooklinkedInnoteline

「異常なし」「要経過観察」──健康診断では、検査値とともにこうした判定が示される。しかし、それだけでは自分の身体の中で何が起きているのか、実感しにくいと感じる人もいるだろう。「予防医療を、知的好奇心を満たす体験に」と語るのは、Bio Engineering Capital株式会社およびAI Dock株式会社の代表取締役を務める島原 佑基氏だ。

Bio Engineering Capital(以下、BEC)は、医療AI・医療データ・ヘルスケア領域で、投資とカンパニークリエーションを手がけるベンチャーキャピタル。2023年11月に設立され、スタートアップへの投資に加え、自ら事業を立ち上げるカンパニークリエーションや、医療AI専門メディアを活用した情報発信などを通じて、医療領域で事業が生まれ、育つ仕組みづくりに取り組んでいる。

そのカンパニークリエーション第一弾として設立されたのが、全身スキャンとAIを組み合わせた予防医療サービス「AI Dock」を手がけるAI Dockだ。医学監修には、放射線被ばくを伴わないMRI撮像法「DWIBS」の発案者である高原 太郎医師(放射線科専門医)が協力している。健康状態を日常的に可視化するサービスや、予防医療への関心が高まる中、AI Dockは「検査して終わり」ではなく、継続的な健康管理につなげる体験づくりを目指す。

同社は2025年4月にMed Xとして設立され、のちにAI Dockへ商号変更。2026年8月にはサービスの正式提供開始とシード調達(約2.6億円)を発表した。シードラウンドには、人間ドック予約サイト「MRSO」を運営するマーソのほか、TOKIなどの投資ファンド、医師、起業家などが参画した。

島原氏は、医療AI企業エルピクセルの創業者で、同社の代表取締役を務めた人物だ。今回、BEC設立の経緯やAI Dockに込めた思い、今後の展望について話を聞いた。

投資と事業創出を組み合わせ、医療領域の勝率を高める

──BECを立ち上げられた経緯を教えてください。

島原氏:私はもともと生命科学を専攻する研究者でした。生物学系の研究に取り組む中でも、私はどちらかというとエンジニアリング志向が強く、画像解析や機械学習に関心を持っていました。

その後、研究室の仲間と画像解析AIの会社をつくり、医療画像AIの製品化に取り組みました。ただ、会社の成長フェーズが変わる中で、自分自身の強みをより広く生かす道を考えるようになりました。

医療領域で新しいスタートアップが継続的に生まれる仕組みを作り、事業の勝率を上げていくためには、医療データを整備するだけではなく、医療に特化したファンドが必要だと考えました。良い投資先との出会いを待つのではなく、自ら事業をつくりにいき、深く関与する。そうしたハンズオン型の投資は米国などにはありますが、日本にはまだ少ないと感じていました。

そこで、ほぼ同時期に、医療データを整備する医療AI推進機構(MAPI)とBECを立ち上げ、データ整備と投資・事業創出の両輪で進めてきました。MAPIはこのたび、次世代医療基盤法※1 に基づく認定を取得しています。

※1 次世代医療基盤法:患者のプライバシーを保護しながら、医療情報を匿名加工または仮名加工し、健康・医療分野の研究開発に活用するための法律

──医療AI・ヘルスケア領域は事業化までのハードルが高いと想像します。どこに一番の課題を感じましたか。

エコシステム構造そのものの問題だと思っています。医療領域で事業を成功させるには、研究開発、製品化、法規制対応、営業という4つのプロセスをすべてこなす必要があります。ただ、それを一人ですべて担える人はほとんどいません。

BECは、この4つのプロセスすべてを支援できる構造をつくっています。投資だけでなく、製品化や規制対応、販売まで伴走する。さらに、関連する医療機関で導入実績をつくることや、医療従事者向けメディアを通じて情報を届けることも含め、事業が育つための仕組みを整えています。こうしたことを多面的にやらなければ、日本の医療で本当にイノベーションを起こすことはできない。最低限これくらいはやらないと変えられない、という思いで取り組んでいます。

また、2024年に東京医科歯科大学(現・東京科学大学)のオープンイノベーションセンターと共同研究契約を締結し、医療・ライフサイエンス領域の研究シーズや事業案を支援するアクセラレーションプログラムも実施しています。

予防医療を「続けたくなる体験」に変える

──カンパニークリエーションの第一弾としてAI Dockを立ち上げられた背景を教えてください。

率直に言うと、自分自身が受けたいと思える人間ドックがなかったことがきっかけです。医療の現場を見てきた中で、家族や知人から「どこがおすすめですか」と聞かれることがよくありました。ただ、既存の人間ドックには、検査後の体験や継続しやすさの面で、まだ改善の余地があると感じていました。自分や家族、親戚のために作ったのが最初です。

そこから事業としてスケールさせようと考えたのは、予防医療全体の盛り上がりを感じたからです。血糖値を日常的に測ったり、ウェアラブル端末を身につけたりする人が増え、自分の健康状態を可視化することへの関心が高まっています。中でも全身スキャンの領域は世界的に注目されており、海外では大規模な資金調達を実施する事業者も出てきています。

この領域は、日本がリードできるポテンシャルがあります。スキャナーを自前でつくらなくても、MRIなど高度な画像検査インフラが普及しています。我々が撮影の方法や手順(プロトコル)を監修し、読影体制とAIによる情報の整理を組み合わせ、見落としリスクの低減を目指す。そうすることで、より良い検査体験を提供できると考えています。

──具体的には、どのような体験を目指しているのでしょうか。

検査結果を分かりやすく可視化し、受診者が自分の身体に関心を持てるようにすることを重視しています。たとえば、全身スキャンのMRI画像を自分で回転させながら見られるようにしたり、健康状態を分かりやすい指標で示したりする。自分の身体に興味を持ち、筋トレや食事に気をつけて数値が良くなれば、次のスキャンが楽しみになります。そうした「次の検査も受けたい」と思えるきっかけをつくりたいと考えています。

AI DockのUI。検診結果を確認することができる。(画像:同社提供)
AI DockのUI。検診結果を確認することができる。(画像:同社提供)
MRI画像を自分で回転させながら確認することができる。(画像:同社提供)
MRI画像を自分で回転させながら確認することができる。(画像:同社提供)

私は、AI Dockを美術館に行くような体験にしたいと思っています。美術館には知的好奇心を満たすために行きますよね。本来、自分の身体は最も関心を持てる対象のはずです。検査も、自分の身体を知ることで知的好奇心を満たす体験にできるはずです。「明日美術館に行くんだ」とワクワクするような感覚で、スキャンを受けてもらえるといいなと思っています。

毎月の生活習慣を振り返るレポートも用意しています。検査で得られた数値をもとに、食事や運動について具体的なアドバイスを届ける仕組みです。たとえば「今月は外食のときに野菜を一品足してみましょう」といった提案を、数値の根拠とあわせて示します。そこから生活習慣についてチャットで質問することもできます※2。

チャットで生活習慣について質問をしている様子(画像:同社提供)※2
チャットで生活習慣について質問をしている様子(画像:同社提供)※2

※2 AIは医師の診断・助言を代替しないという。

医療機関と連携し、検査後の体験まで設計する

──提携する医療機関とは、どのように役割を分担されているのでしょうか。

仕組みはシンプルです。まず我々が集客と予約を担い、提携医療機関で検査を実施していただきます。診察や採血、フォローアップは医療機関側で対応いただき、精査が必要な場合の紹介状発行なども医療機関に担っていただいています。そのうえで、検査結果の表示や継続的な体験設計をAI Dock側で担う形です。

人間ドックの予約サイト「MRSO」を運営するマーソとは資本提携を行っており、予約システムや決済システムなどの基盤を活用しています。

また、画像診断は専門医の数が限られているため、読影業務の一部を外部の専門医にアウトソースする体制も構築しています。

──予防医療については、医療機関側にも課題意識はあるのでしょうか。

そうですね。医療機関も、患者さんに定期的な受診を続けていただくことを望んでいます。受診してもらえなければ、早期発見につなげることも難しくなります。

また、自治体においても、検診の受診率向上に向けた取り組みが進んでいます。国としても、増え続ける社会保障費を背景に、予防医療に予算を振り向ける動きがあります。そうした流れの中で、受診したいと思える検査体験をつくることには意義があると考えています。

予防医療のプラットフォームへ

──今後の事業展開について、特に注力したい点を教えてください。

まずは個人会員を増やしながら、サービスの検証を重ねていく段階です。

現在は、Appleの『ヘルスケア』アプリやOura Ringなどのライフログとの連携を進めています。初期ユーザーからのニーズも高く、日々の生活データと検査データを組み合わせることで、より継続的な健康管理につなげていきたいと考えています。

血液検査の項目も、現在の約21種類から拡充していく予定です。将来的にはゲノム情報や詳細なバイオマーカー※3の活用も視野に、利用者が自分の身体についてより深く理解できるサービスにしていきたいと考えています。

大学との共同研究も進めており、検査データをもとにした予後予測など、エビデンスの構築にも取り組んでいます。ヘルスケア領域はエビデンスの構築が難しい面もありますが、難しいからこそ研究費を使い、サービスの価値を検証していきたいと考えています。

主要都市への提携拡大を進め、中長期では政令指定都市への展開も目指します。また、海外からの受診希望にも対応していきたいです。すでに海外から受診に来る動きも出ており、日本の高い予防医療の技術を海外に届けられる可能性もあると考えています。

さらに将来的には、企業の健康経営分野への展開も視野に入れています。現在の健康診断は紙で結果を受け取り、転職や異動をするとデータが引き継がれにくいこともあります。AI Dockを通じて、検査結果やライフログ、AIチャットなどを一つのシステムで扱えるようにし、転職後も健康データを引き継げるようなインフラを目指しています。

※3 バイオマーカー:血液や尿などから測定でき、病気の有無や進行度、治療の効果などを客観的に把握する指標となる物質や数値のこと。

AI Dockでは、体組成だけでなく臓器の形も確認することができる。(画像:同社提供)
AI Dockでは、体組成だけでなく臓器の形も確認することができる。(画像:同社提供)

──AI Dockを通じて、予防医療をどのように変えていきたいですか。

これまで、予防医療には人はお金を払わないと言われてきました。健康なうちは、検査の価値を実感しにくいからです。ただ海外では、デザインをしっかりつくり込むことで、検査を「楽しい対象」へと価値転換したサービスが多くの人を惹きつけています。予防医療を、知的好奇心を満たす体験に変えれば、人はお金を払う。そこに一つのブレイクスルーがあると思っています。

結局、楽しくないと続かないんです。検査が退屈な体験である以上、人の足は健康から遠のいてしまいます。本物の医療を提供するのは当然として、当たり前のことを当たり前に徹底し、妥協せず、短期の収益より、続けてもらえる体験を優先し、楽しく受けてもらえるサービスにしたい。そういうサービスは、これまでなかったと思っています。

今はどうしても付加価値の高い「高級ドック」という位置づけになっていますが、テスラがそうだったように、最初は一部の人のものだったものが、いつの間にかみんなが当たり前に使っている。そんな状態を目指したいと思っています。

新着記事

STARTUP NEWSLETTER

スタートアップの資金調達情報を漏れなくキャッチアップしたい方へ。1週間分の資金調達情報を毎週お届けします。

※登録することでプライバシーポリシーに同意したものとします

※配信はいつでも停止できます

ケップルグループの事業