第一回 広報の視点(前編):世の中の情報の「重心」を読む

第一回 広報の視点(前編):世の中の情報の「重心」を読む

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スタートアップにとっての広報は、単なる情報発信ではない。時流を読み、誰に、何を、どう伝えるかという判断の積み重ねが、事業の成長そのものを左右する。だからこそ、広報は経営である。

本連載では、スタートアップ広報を第一線で担うプロたちを招き、その知見を共有してもらう。「広報的な視点を持つとは、そもそもどういうことか」「広報はなぜ経営にとって重要なのか」「スタートアップを成功に導く広報戦略とは」「社外との関係をどう築くか」といった問いを軸に、戦略の考え方から日々の実践ノウハウまでを紐解いていく。スタートアップの広報担当者はもちろん、シード・アーリー期の経営者、投資先の広報に伴走するVC・ハンズオン支援の担当者まで──広報に向き合うすべての人が、明日の実践に活かせる視点を持ち帰れる連載にしたい。

第一回は、日米を拠点とするベンチャーキャピタルのWiLでSenior Director of PR & Marketingを務める才木祐人(さいき ゆうと)氏。JR東海、ウーブン・バイ・トヨタなどで広報・ブランディングの現場を歩んできた才木氏が、「そもそも広報とはどういう仕事か」という原点から語り起こす。

第一回 広報の視点(前編):世の中の情報の「重心」を読む

皆さんも会社紹介やプレスリリースなどで「少子高齢化に伴う人手不足を背景に…」といった一文を目にする機会は多いのではないでしょうか。日本が抱える社会課題の説明としてはあまりにも見慣れた表現であるため、書く側も読む側もその文章に立ち止まることはほとんどないと思います。

一方、SNSに目を移すと、同じ少子高齢化というテーマが人によって随分と違う温度で語られていることに気づきます。「賛成と反対」「光と影」「功と罪」。極端な意見が目に入りやすい環境の中で、どの位置に立って世の中を眺め、情報を発信すれば良いのか。特に他の業務と兼任、あるいは一人目の広報担当者として、社内に相談できる相手がいないまま発信を担っている方ほど、この問いに一人で向き合うことになります。これは自ら発信の前面に立つ経営者も同じです。本連載の前編は、世の中を見つめるための足場となる情報の「重心」という考え方をご紹介します。

極端な言説ほど拡散される

前提として押さえておきたいのが「アテンション・エコノミー」と呼ばれる構造です。人々の注意(アテンション)そのものが経済的な価値を持つ現代において、SNSのアルゴリズムは強い感情を呼び起こす投稿を優先的に表示します。断定的で、怒りや不安に触れる言説ほど広がりやすい。逆に、慎重で留保の多い中間的な声は静かに埋もれていきます。その結果、私たちが目にする「世論」は、実際の意見の分布よりも両極に寄って見えています。

画像:Monet / Adobe Stock

冒頭にお話しした少子高齢化を例に考えてみましょう。厚生労働省が2026年6月に公表した人口動態統計(概数)によれば、2025年の出生数は67万1236人と10年連続で過去最少を更新し、合計特殊出生率は1.14、東京都では初めて1.0を割り込みました。また内閣府の令和8年版高齢社会白書によると、2025年10月時点の高齢化率(総人口に占める65歳以上の割合)は29.4%となっており、約3.4人に1人が65歳以上という水準に達しています。

これらの数字自体は動かしがたい事実です。ただし、その受け止め方は大きく分かれています。悲観的な見方として「このままでは日本が消滅する」といった言説があります。生産年齢人口が減り、社会保障の担い手が不足していく。危機感を訴える強い言葉は、見出しとして広がりやすいものです。

一方、楽観的な見方には「人口減少はむしろチャンス」といった言説があります。労働供給の制約が省人化・自動化への投資を後押しするという指摘自体は的を射たものです。しかし、こちらも「だから問題ない」とまで言い切ってしまうと、また一つの極論になります。

ここで広報に携わる者にとって重要な情報の「重心」についてお伝えします。情報の重心とは、両極に分かれた言説の全体を眺めた時に、事実が実際に釣り合う(と仮定できる)位置のことを指します。重心を見定めるには、どちらの極からも距離を置く必要があります。これは意見を持たないことでも、両論を足して二で割ることでもありません。それぞれの言説の「うなずける部分」と「言い過ぎている部分」を見分ける姿勢が重要です。

少子高齢化の例で言えば、深刻な構造変化であることも、企業にとって大きな事業機会を生むきっかけであることも、どちらも事実であり、矛盾なく併存します。その全体を捉えた位置が重心です。極端な言説が目立ちやすい時代だからこそ、広報に携わる者には、中立的な立場から重心を見定める視点が求められます。なぜなら、企業の情報発信の窓口となる私たちは、常に世の中から自社がどのように見られているかを客観的かつ正確に理解しておく必要があるためです。

感情の応酬の中で、事実は埋もれる

再び少子高齢化の例に戻ると、これほどSNS上で感情的な賛否を呼びやすいテーマはないと言えます。例えば、小さな子どもを育てている同僚が急に休んだことへの不満が拡散され、子育て世帯が「子持ち様」と揶揄される一方、子育て経験者からは擁護する声が上がり、激しくぶつかり合っています。また「高齢世代が若者の未来を食い潰している」と世代間の対立を煽るような言説に対して「高齢者を切り捨てるのか」といった反論も繰り返されています。さらに、子育て支援金をめぐっては「実質的な増税ではないか」とする一方、「これは未来への投資だ」といった両極な意見が出ています。

なぜ、これほど感情的になりやすいのでしょうか。それは少子高齢化が「産む・産まない」「働き方」「老い」といった、一人ひとりの人生の選択と地続きのテーマだからです。マクロのトレンドや政策に関する議論は、いつの間にか個人の生き方に対する評価へとすり替わり、次第に言葉の温度が上がっていきます。アルゴリズムは、その温度を燃料にして両極の声をさらに増幅します。

一方、重心を探る手がかりになる情報はあまり拡散されません。例えば、2026年版の中小企業白書は日本を「労働供給制約社会」と位置づけ、省力化投資を打ち手に掲げました。2025年のスタートアップ資金調達でも、人手不足に向き合う産業特化型の企業が上位に並んでいます。感情の応酬から少し離れた静かなファクトの中にこそ、現実の重心はあります。

明日から取り組める三つのアクション

これらの視点を、明日の広報実務に活かすアクションとして三つにまとめました。

  1. 自社の発信が、どちらかの極に片寄っていないかを見直す
    例えば「少子高齢化という深刻な危機に立ち向かう」と書けば悲観の側に、「人口減少時代こそ最大の機会」と書けば楽観の側に一歩踏み込んだ言葉遣いとなります。強い言葉は一部の読み手には深く刺さる一方、反対側にいる者を静かに遠ざけることになります。特に創業者を始めとする経営陣の言葉は、本人の意図を超えて会社の見解として受け取られ、投資家も採用候補者もそれを読んでいます。重心を意識できている経営者ほど、自らの言葉が持つ重みと影響に対して自覚的であると言えます。
  2. 拡散されている声と実際の世論を区別する
    ここまで見てきたように、声の大きさは意見の分布をそのまま表すわけではありません。多くの生活者は、両極の間のどこかで静かに存在しています。自社に批判が集まった時にも、目に見える声が全てだと考えないことが、冷静かつ的確な危機管理広報の第一歩です。
  3. 重心は一次情報や客観的なデータからしか見えないと心得る
    自ら取りに行った現場の生の声や、客観的な統計などに自ら当たる習慣が、感情的な議論と距離を取る最も確実な方法です。特に現在はAIを使えば専任の調査チームも要りません。またハルシネーションにさえ気をつければ、作業の大部分はAIが担ってくれます。広報担当社の基本動作として心がけたい点です。

世の中の重心を見定めようとする姿勢は、日和見でも当たり障りのない発信をすることでもありません。多くの方に正しく偏りのない情報を届けるための足場固めとして必要不可欠です。ここまでお伝えしてきた意識と取り組みは特別な道具や予算も要らず、今日から始めることができます。広報を一人で、あるいは初めて担う方や、広報活動を強化したいと考えている経営者にこそ、意識していただきたい考え方です。

トップ画像:Nuthawut / Adobe Stock

Writer

才木 祐人(さいき ゆうと)

才木 祐人(さいき ゆうと)

株式会社WiL / Senior Director of PR & Marketing

京都大学教育学部を卒業後、東海旅客鉄道株式会社(JR東海)に入社。リニア中央新幹線やエクスプレス予約などの広報、ブランディング、マーケティングを担当。2020年、カーネギーメロン大学にてMBA修了。同年よりトヨタ自動車のソフトウェア開発子会社であるウーブン・バイ・トヨタ株式会社に入社。ウーブン・シティを始めとする各プロジェクトの PR・ブランディングを担当。2026年1月、WiLに参画。

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